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講習翌週の朝iPhoneの画面を明るくさせると今日が9月9日と表示されており、ふと侑子さんの顔が頭に浮かんだ。

あ、今日は重陽の節句か。

今日の午前は予定もないし、折角だから菊を部屋に飾ろうと思い立ち花瓶を買いに行こうと先生に外出届を出す為に部屋を出た。相澤先生に許可をもらって1人外に出て花瓶を買いに色んなところを回っているとポケットに入っているiPhoneが震えた。着信を知らせているそれをポケットから取り出して相手を見ると“轟 焦凍”と表示されており、指でスワイプし端末を耳にあてて、もしもし。と言うと耳元から焦凍くんの落ち着いた声が聞こえた。

「柚華さん、俺だ。焦凍」
「うん。どうしたの?」
「今どこにいるんだ?部屋に行ってもいなかったから」
「お外に花瓶を買いにちょっと街まで」

何かあったのかと歩きながら焦凍くんの言葉を待つと、彼は暫く無言を貫いた後少しだけ息を吐いたのか、僅かに雑音が入った。
あまり続きを急かすのもどうかとは思ったが、このまま無言でも埒が明かないので名前を呼ぶと焦凍くんは何かを決意したかのように声を出した。

「柚華さん」
「ん?なに?」
「それ俺が選んでもいいか?」

それは、どういう意味なのだろうか、と言葉に出すよりも早く焦凍くんが続けざまにこう言った。

「2人で出かけてぇ」

それは所謂デートってやつなんだろうか。

今いる場所を教えて近くのカフェ内の窓際で待つこと数十分。私服姿の彼が私の視界に入った。シンプルに纏められている服装に好感が持てる。焦凍くんは顔立ちもいいから尚更シンプルな服装が似合うなぁ、なんてぼんやり思っているとカウンターに置いていた端末が小刻みに震えた。着信を受け取ると焦凍くんの声が耳元にダイレクトに聞こえた。

「柚華さん?今どこに…」
「ここだよ」

辺りを見回している焦凍くんを窓越しに見ながら手を振ってみる。焦凍くんは私に背を向けていたが後ろに振り返って私の顔をその視界に捕らえ、私に向かって片手をあげた。私も真似して片手をあげようと思ったが、隣に座っていた同じ年くらいの女の子2人が黄色い声を小さくあげた。

「ねぇあの人ってもしかして!」
「雄英の轟焦凍くんだよね!声かけてみる?」
「えー!恥ずかしいよぉ」

なんて女の子らしい会話を聞いてしまい、なんとなく真似して片手をあげるのを躊躇ってしまった。会計を済まそうと立ち上って伝票を持ってレジに行くと、カランと入店を知らせるベルが鳴り私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

「悪りィ、遅くなった」
「ううん。そんなことないよ」

400円です。店員さんに言われた通りの額を財布から取り出し会計を済ませて焦凍くんと一緒に店内から出る。その瞬間あの女の子たちを見てしまったのは焦凍くんへの執着の現れなのだろうか。
焦凍くんが入って来た時と同じように扉を開けるとベルがカランと鳴った。

「みっともない…」
「何がだ?」
「何でもない…こっちの都合。それよりも今日はお見舞いに行かなかったの?」

焦凍くんは不思議そうな顔をしたが、私の質問に答えてくれた。

「いや、行った。寮に帰ったら柚華さんがいねぇから」
「成程そういう事か。わざわざごめんね」

私は基本的に焦凍くんのお母さんの病院に足を運んでない。運ぶとしても月に1回か2月に1回だけだ。病床に臥せっている相手に知らない子供が行くのも気を使われるだけだし、なにより焦凍くんとの時間を過ごして欲しい。それが分かっているのか焦凍くんは滅多に私をお母さんの所に連れて行こうとしない。

「焦凍くんのお母さん元気そうだった?」
「あぁ、今度来る時は柚華さんも一緒にって言ってた」
「そしたら次に行くときは誘ってね」

雑貨屋さんを目指して歩きながら会話をしていると、ポツンと建っている一軒の雑貨屋さんを見つけた。何か惹かれるものがあり中に入ると丁度いいサイズの細長い花瓶が2個置いており、どちらがいいかを焦凍くんに選んでもらおうと焦凍くんの方を見ると、彼は白色の模様の花瓶を見つめており私はそれを購入することにした。
ガラスで出来た花瓶が割れても飛び散らないようにと新聞紙に包まれ、丁度いいサイズの厚紙で出来た箱に入れられた花瓶は細身の紙袋に入れられ店員さんから手渡された。それを受取ろうと手を伸ばすがそれよりも先に焦凍くんが紙袋を受けとってしまいそのまま店を出て行ってしまう。待って。と声をかける暇もなくさっさと店を後にしてしまう焦凍くんの後を追いかけるように外に行くと、彼はちゃんと外で待っていてくれた。

「この後はなんかあんのか?」
「ううん。寮に戻って花を飾ろうと思って」
「花か?」
「菊の花をね」
「手伝ってもいいか?」
「勿論」

このまま寮に戻り帰寮届を提出して部屋に向かい、焦凍くんに持っていてもらった花瓶を受け取りテーブルの上に置いて首からぶら下げた鍵を取り出して呪文を唱える。

「刻の力を秘めし鍵よ真の姿を我の前に示せ。契約のもと柚華が命じる封印解除(レリーズ)」

鍵が月と太陽を象った杖になりそれを両手でしっかりと握る。同じくテーブルの上に置いておいた本の中から2枚のカードを取り出して空に投げる。

「クロウの創りしカードよ、古き姿を捨て生まれ変われ新たな主柚華の名のもとに!」

そう呪文を唱えると空間に浮いていたカードが光を放ちながら回りだし、デザインが少し変わった私仕様のカードとなって手元に戻ってきた。

よし、これで菊の節句の準備が出来る。

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