あぁ……。
これが私の最期なのだろう。従者の忠告を無視して勝手に死んだ私は愚かな主人なのだろう、と沈みゆく意識の中で濡れ烏色の長い長い髪をした彼を思い出した。
怒っているだろうな……。
怒らないわけがないか。だって彼は私の身を案じて怒鳴ってくれたのに、私はその忠告を聞かずに殺されに行ったのだから。眉間に皺を寄せ、怒鳴る彼が私と彼の最期の記憶になってしまうのは悲しいが、私にはこれ以外の選択肢はなかったのだ。そう言い訳をしたら彼は私にどんな言葉をかけるのだろうか。
「いとし、い……私、の……」
剣よ。
どうか、どうか生き延びて。瞬きよりも早く過ぎ去るこの時代を、私が見られなかった景色をその目に写しておくれ。私を許してくれ。いつか私に笑いかけてくれるそんな日が来たなら、酒を片手に語り合おう。
目の前が暗く、私の耳は遂に音を拾わなくなった。
私の人生は幕を下ろした。二度と彼には会えない。それだけが唯一の心残りだった。
それなのに……。
「私は名前。クラスはアーチャー。立てた武功は少ないけれど主人の為にこの命を尽くして戦う事を誓うよ」
「私は藤丸 立香。まだまだ新米のマスターだけどよろしくね」
「えぇ」
私は英霊としてこの少女“藤丸 立香”に召喚された。いや、彼女の召喚に応じた。私の生きていた時代とはまるで違うこの世界は何者かに侵食されつつあり、それを阻止しようと私のような英霊をフェイトを通して召喚している。話にしか聞いたことがないような人物もいれば、名前を聞いたことがない人物まで幅広く存在し、特異点に合わせてレイシフト、つまり正しき過去に導いているらしい。
立香にこのカルデア施設内の案内をしてもらっている時のことだった。私たちの背後から唐突に声が聞こえ私が振り返ると同時に、隣に立つ立香の上半身が何者かによって軸が乱された。
「よぉ!マスター、こんな所で何してるんだ?」
「アサシン!驚かせないでよ」
「悪い悪い」
「反省してないでしょ」
その声は、その軽口は、その姿はまさに二度と会えないと思っていた彼そのものだった。
他人の空似かもしれない。でも“アサシン”と呼ばれた彼は立香のサーヴァントに違いない。だとしたら彼は……。
「で、なんであんたが此処にいるんだ?」
「……久し振りだね」
「え、二人とも知り合いなの?」
立香は私と彼の顔を交互に見て首を傾げた。久し振りの再開にしては喜びもなければ感動もない。彼の中にあるのは私への嫌悪感や不信感に違いない。表情を見ればわかってしまう。でもそれが私の確信へと繋がった。間違いなくこの人は私の愛おしい剣だ。
「アサシン……?」
立香が彼に向かって呟くも、濡れ鴉色の長い長い髪を持つ彼は私を睨みつけるばかりで、立香の声が耳に届いていないようだった。
「俺は、アンタを許せない」
「あぁ、わかっている」
あの時の様に眉間に皺を寄せ、私に向かって凄む彼から伝わってくるのは私への嫌悪感だった。
従者の忠告を聞かずに勝手に死んだ主人を、従者は許すことが出来ないのだろう。わかっている。わかってはいるのに、こんなにも胸が苦しく締め付けられる。
痛い……。
あの出来事を言い訳をするつもりはない。私は私のやった行いを間違ったとは今でも思ってないからだ。それでも従者からしてみれば私の行いは間違いで悪だったのだろう。
「二度と会えないと思っていたよ」
痛む心を無視して彼に笑いかけると、彼は握り拳を作り背後にあった壁を殴りつけた。その音は大きく響き息を詰まらせるものだった。立香も肩を震わせてしまっている。
「マスターを怖がらせてはいけないよ」
「俺は二度と会いたくなかった!!」
ガントレットで覆った手で濡れ烏色の髪をかき回した。乱れるその髪すらも美しく生前の私の目を楽しませたものだったが、今ではそんな気分にすらなれない。目の前に立つ男のその様はあの頃と同じなのに、私たちは二度とあの共に過ごした日々には帰れない。
それが今、漸くわかった。
「立香行こう」
「でも……っ」
私は戸惑う立香の腕を掴み彼の横を通り過ぎた。立香は何度も私と彼を交互に見ては私に声をかけるが、一切それに応えることをせず、また彼も私たちの後を追って来ることはなかった。
兎に角あの場から離れたい一心で立香まで巻き込んでしまい、そのことについて彼女に謝ると、立香は首を左右に振り気にしないで。と笑ってくれた。
召喚されたその日のうちにカルデア内部で問題を起こしてしまって申し訳ないと、更に謝ると彼女はおずおずとした様子で私に耳打ちしてきた。
「新宿のアサシンとはどういう関係なの?」
「“新宿”のアサシン?」
「アサシンまだ私に真名を教えてくれなくて」
成程。彼は偽名を使っていたのか。だったら私にも真名で呼ばれたくないだろう。これからは新宿のアサシン。とでも呼ぼうか……と思ったが、そもそも今現在嫌われているこの状況で名前なんて呼ぶ機会がないだろうと結論付けた。
「新宿のアサシン、は何か言ってましたか?」
「マスターだと認めたら教える、みたいなことは言ってたけど……」
……アサシンの中では私は主として認めたくない存在になっているのだろう。
だからこそ、この少女にマスターしての希望を見出し、サーヴァントとしての役目を果たそうとしているのだろう。そこに私の存在は必要ないのだ。
「では私の口からは何も語れません」
「あんなに怒っているアサシン初めて見たの……いつも飄々として掴み所がなくて、でも頼れる存在で」
えぇ、知ってます。
思ったことがすぐに顔に出る癖に本当の気持ちを隠すのが上手で、何処かに行ったと思ったらいつの間にか傍にいる。私が唯一背中を任せて戦える存在で一番信頼している人だ。隣にいてくれた時はいつも笑ってくれていたのに。
今はあんな顔をさせることしか出来ない。
「私には出来なかったことが貴方には出来る。彼の傷を癒してあげてください」
「傷……?」
「頼みますね」
赤の他人に自分の従者に負わせた傷を押し付けるなど失礼にも程があるが、アサシンは私の言葉を信じてはくれない。どんな言葉も届かない。誰かの為に地面に膝をつき頭を下げ身も心も忠誠を誓ったこと等ただの一度もないこの私ではどんな言葉も重みを感じず、従者を導く為の知恵も人格もない私ではどんな言葉も綿の様に軽い。
立香は私の言葉が理解出来ないといった表情で私を見つめて来る。初めて会ったマスターの頭に手を伸ばしてゆっくりと撫でると不意にアサシンの頭を撫でた時のことを思い出してしまった。こんな調子ではこの先やっていけない。此処は浮ついた気持ちのまま過ごしていい世界じゃない。
私の名前は名前。最早私は彼の主ではなく、私に仕えるものは誰もいない。
私を召喚した彼女こそが私のマスターで、初めて地面に膝をつける相手だ。
彼が私にしてくれたように、私もこの少女に忠誠を捧げよう。この世界が正しく進むように尽力を尽くそう。その過程で彼の傷が癒えてくれたらいい。私には出来ないけれど、彼女ならきっとやってくれる。
“マスターとして認めたら教える”
どうか、その言葉が嘘にならないように。