Remorse Contradictory feelings
「永久に続く理想を今こそ示そう。約束された栄華の道!」

 一本の矢を馬上の男目掛けて放った。百発百中の矢は生前から外れた事がなく、必ずと言っていい程に敵の身体を貫き、怯んだところを燕青が止めを刺していた。

「あ、るじ……」
「お前なら庇うと思っていたよ」
 
 放った矢は馬上の男ではなく燕青の腹に深々と刺さっている。自分を庇って負傷したというのに馬上の男はなんの声も出さない。それが腹立たしく感じるのは、あの時の燕青の忠告を聞かないで死んだ私と重なるからだろうか。

 無関心。そんな言葉がしっくり当てはまる男に向かって、力なく燕青が腕を伸ばすも、伸ばした手を馬上の男は取りはしなかった。燕青はそんな男に力なく笑うと、矢が刺さり、損傷部分から止めどなく流れる血を手で押さえながら、膝を地面につけて崩れ落ちた。

「俺は……俺は、何が……」
「お前は、何も悪くはない。……ただ、お前が忠義を尽くした主が愚かだったのだ」

 足を1歩前に踏み出して、燕青に近づきながら答えると、彼は鋭く私を睨みつけた。

「違う! 俺は! 俺はあの人の隣でやっと、俺になれる! 他の誰でもない、ただの俺に!」
「それは誰の台詞だのつもりだ。燕青。お前は今誰のつもりだ。誰の横に立ち、誰の前に立っている」
「それは……」

 言い淀む燕青と、背後でアサシンが息を飲んだのが気配でわかった。彼にとって今の主はマスターの藤丸 立香であって私ではない。真名を隠していた彼が、主だと認めてその名を明かしたのだから、彼の心は、忠節は全て彼女に向かっている。それでも、この問いに僅かにも動揺するのであれば、その心もそれだけのものだと言う事だ。

「その抜け殻を“名前”と呼称するのか愚か者!! お前の前に立つ私こそが、お前の主人であった女だ」

 決して意思のない、まして、従者が己の身を差し出し、代わりに致命傷を受けたのにも関わらず反応をしないモノを私は、“私”として認められない。認めたくない。

 燕青に向かって着実に近づいて行く足を止めるように、燕青は叫んだ。

「だったら! だったらどうして俺の忠告を聞かなかった! どうして俺を置いて逝った! あれ程賢かった貴方が! 小さな栄光の為に、何故身を滅ぼした! それともあれは、俺に計り知れない献身だったのか! 教えてくれ……教えてくれよ、主!」

 悲痛な叫びだ。泣きたくなるような心の底からの叫び、魂の叫びに感情が動かないわけではない。が、それでも私は燕青の主なのだ。間違いを正してやるのが主の役目。従者の身を守るのが主の役目。主は身を守ってもらう為に存在するのではない。

 あぁ、そうやってお前はあの時から、自分の事を責めて来たんだね。そうしていつの日か、私が悪いのだと、私が忠告を聞かなかったから死んだのだと、愚かな主人がいたのだと。返って来ない問いにそう言い聞かせて来たのだね。
 事実を知れば、お前は更に嘆き、悲しみ、打ちひしがれ、苦悩し、絶望し、落胆するのだろう。
 それならば、恨まれたままで構わない。真実を知る必要なんて何処にもない。愚かな主人がいたのだと嗤ってくれて構わない。事実私は己の従者を信じ切る事が出来なかった、愚かな主なのだから。

 地面に尻をつけ息も絶え絶えの燕青に近づき、片膝を地面につけた。致命傷を与えた腹の痛みからなのか、額には脂汗が浮かび髪が張り付いている。声を荒げた所為で肩で大きく息をしている燕青の頬にそっと触れると、彼は翡翠の目を潤ませた。

「それを知って何となる。知って尚お前は自分を、自身が至らなかったと責めるのか? 違う。お前が為すべき事は1つ。生きろ。私が見れなかったその景色をその目で、その耳で、肌で感じてくれ。どれだけ時間をかけてもいい。いつでもお前の傍に私がいる」

 頬に当てた手を燕青の頭の後ろに持って行き、ほんの少し力を入れ引き寄せると、彼は自ら進んで私の肩口に額をつけ僅かに体重をかけてくる。
 生前からの甘え上手な所は変わらないらしい。なんて今はどうでもいい事を頭の片隅で考えていると、囁くような酷く小さい声で、燕青が私の名前を呼んだ。

「名前……」
「此処にいるさ」
「名前……冷たいなぁ……こんな感じだったのか……馬鹿だなぁ」
「あぁ。だけどな、凄く満ち足りていたよ。燕青、お前に出会えたのだから」
「そうか。これが……みち、た、りる……ありが、と、な」
「ゆっくり眠るといい。私の愛おしい剣」

 金色の光の粒が燕青の身体から発せられる。その時間は短く燕青の身体は粒となって消えていき、最後に聖杯だけが私の膝の上に残った。それを持ち立ち上がると、馬上の男が地面に向かって落ち、痛むであろう身体を無理矢理動かし聖杯に向かって手を伸ばした。震える指先に大きく見開かれている。

「燕青、燕青……!!」
「名前……」

 意思のない私を無視してマスターに聖杯を渡し、カルデアに戻ろうとするも、アサシンもマスターも地面に横たわり涙を流す名前から目を離さなかった。正直アレと私が同じだとは思いたくもないが、此処がifの世界だとしたら、あの姿が私の可能性の姿であり、皇帝に殺されず、燕青と逃げ回っている私の最期の姿なのかもしれない。なんて妙に冷めた頭で見ていると、男の私も光の粒となってやはり消えた。

 こうして私たちはカルデアに帰還する事になり、帰還後様々なケアや報告をしてから数日後、改めてマスターに呼びだされた。
 その場にはアサシンもいて、ガントレットに覆われた指先で気まずそうに頬を掻いている。いつもであれば怒りを露にする彼であるが、私を見ても殺気立つ事がない所を見ると、マスターに何か言われたのだろうか。

 私たちを呼んだマスターは腕を組んで仁王立ちしており、その表情は此方を睨みつけているが正直な話全く怖くない。むしろ可愛らしいお嬢さん。としか思えないのだから、申し訳ない気持ちが出てくる。

「2人には落ち着いて話し合う時間が必要だと思う」
「いや何マスター。俺も大人げなかったと思っているぜ? だから……」
「言い訳無用! 兎に角2人共話し合って! それまでこの部屋から出さないから!」

 確かにマスターは前々から私たちの事を気にかけてくれていたが、遂にこんな強行突破で来るなんて思いもしなかった。私からは話す事なんて何もない。と告げ、アサシンも、私の台詞に乗っかると、マスターは令呪を見せた。

「令呪をも……」
「わー!! マスターそれはダメだ! それはダメな奴だ!」
「わかりました! 話し合います! 話し合いますから!」
「よろしい」

 そう言ってマスターは部屋から出て行った。部屋の前にマシュがいたようで、部屋の中を心配そうに見ていたのが印象的だ。
 
 話す。と言っても、レイシフト先で粗方私の最期は説明したし、アサシンの方も私の最期は調べたと言っていたから、今さら何を話していいのかがさっぱりわからない。
 さて。どうしたものか……。と頭を抱えている事をあのマスターは知りもしないのだろう。
 

死して尚死あれ