Remorse Contradictory feelings
「今更何を話せばいいのかはわからないが……そうだね、君は私の事が嫌いだろう?」
「わからない」
「おや。それは随分と変わった答えだな。てっきり私は嫌われているものだとばかり……あぁ失敬。君は私の従者ではないのだから、この口調ではいけないな。謝ろう」

 2人の間にあるのは上下関係ではなく、深い溝だ。同じサーヴァントとして召喚され、同じマスターのもとで暮らしているのであれば、この口調も直すべきだ。レイシフト先で燕青と話していた所為なのか、知らない間に懐かしさに足を引っ張られていたようで、今度こそ、と口調に気を付けて口を開いた。

「私の事は嫌っていてもいい。憎んでくれていい」
「違うそうじゃない! 結局あんたは俺を信じ切れなかった! だからあんな裏切りにあってその誇りを踏みにじられ殺されたんだ! 俺と2人なら何処までも行く事が出来た筈だ! そうだろう?!」
「例えば2人で逃げたとして、その先に何が待っている。皇帝に進言したものの信じられなかった私は、謀反者だとして国を追われる。他国との情勢が思わしくはないあの時代の情勢、自ら国を荒げて何とする」

 私は国を憂いて、この国の為に死んだのだ。この国を豊かに出来るのは皇帝だけではない。数々の戦いに出た事もある。そこで指揮を執り何人もの仲間が、血を流し息絶えている姿を見て来た。その度にこの国の未来を想像した。他国の侵略を恐れず、豊かに発展していくそんな未来が来て欲しいと何度も願った。然し、願うだけでは何も変わらない。願うだけでは何も手に入らない。だから、商人でも農民でもこの国を豊かにしていけるのだと、ちっぽけな理想を抱えたのだ。
 それを皇帝に殺さたからと踏みにじられたわけではない。汚されたわけでも、まして、剥奪されたわけでもない。依然としてその誇りはこの胸の中にある。

「貴方の能力を信じ切れなかった愚かな主人だったよ。だから、忘れてくれて構わないんだ」
「正直に言ってくれ名前。あんたは俺の事……」
「大切だ。大切に思っている。それこそ、自分の身よりも大切に大事に思ってる。私の歴史がそれを証明しているでしょう」

 正面に立つ思わずアサシンに触れようと腕を伸ばしたが、触れる事は出来ないと、伸びる腕の動きを止め引っ込めようとすると、藍色のガントレットが私の手を掴んだ。体温何て全く感じない無機質な感触、ただ伝わるのは僅かに震えているという事だけで、なんて声をかけていいのかもわからない。

「あんたは俺の事を大切に思っていたのか?」
「勿論だよ。ねぇアサシン、これから始めればいい。私たちの関係はここから始めればいい」
「は?」

 訳が分からないといった表情を浮かべるアサシンは、やはり整っていて、浪子と名高いだけあると口角を上げて笑った。
 私の手を掴む藍色のガントレットをその上から包むも、悲しいかな男女の差で包む、というよりは、触れるに近いものになってしまう。

「私は梁山泊第二位天罡星名前、クラスはアーチャー。此度マスターである藤丸 立香に召喚され馳せ参じた。生前はとある従者に忠義を尽くしてもらった。私も彼の様にマスターに忠義を尽くす事を誓おう」
「……我は梁山泊百八傑が一人、天巧星燕青、クラスはアサシン……生前は、誇り高く理想を追いかける主人に仕えていた。これがどうしようもねぇじゃじゃ馬な主人で、初めて会った時からそのじゃじゃ馬っぷりは発揮されていて、槍を振り回して勝負を挑んできた事もあったなぁ。それに……」
「待て待て。私の悪口になっていないか、それ」
「いーや。俺が仕えていた主人の話しで、おたくの事は何も言ってねぇがね!」

 そうですか。なんてわざとらしく拗ねてみれば、アサシンは吹き出して笑った。そんなにおかしな顔をしたつもりはなく、アサシンを睨むように見ると、翡翠の目に浮かぶ涙を指先で拭っている。だから何がそんなに面白いんだ。と詰め寄ろうとした時、未だに手が掴まれている事に気が付いた。

 馴染み過ぎて違和感がなかったな……。

「此処から始めるのは無理だろうぜ。生前のあんたを俺は鮮明に覚えているし、あんたも俺の事を覚えている」
「あぁ。女を抱けない不能な燕青くん?」
「あれは……っ!!」

 折角女を寄こしたというのに、あの男妓館に行っても女の1人を抱きもしない。本気で不能を疑ったのはいい思い出だろう。だが、それは私にとっていい思い出な訳であって、男の彼にしてみれば、面白くはないものなのだろう。頬を赤くして必死に言葉を並べている。

「だから、アレはあんたに献上された妓女だったからで、大体、あんた以外……ってそうじゃねぇだろ!」
「1から始めるのは無理だって話でしょう?」
「あぁ。マスターには悪いが、俺はあんたの行動が全て俺の為だったとは思えない、思いたくはない。けど、理解は出来たから」
「ありがとう。アサシン」

 さようなら。私の愛おしい剣。
 こんにちは。共に戦う仲間よ。

 以前のような底冷えた関係は、雪解けの様にゆっくりと溶かされていくだろう。雪が全て溶ければ野に花だって咲く。そうなればまた、私たちは肩を並べ酒を呑み交わす事だって出来る。そんな未来が今なら見える。それはきっとアサシンも同じだろう。

 仲直りをするまで部屋から出さないとマスターに言われたが、今の2人なら部屋から出ても許される。

「行こうアサシン」
「おう」

 固い感触のガントレットが手から離れる。それに寂しさを感じる必要はどこにもない。少なくともこのカルデアが継続される限り、また戦っていける。それがどれだけ嬉しいかなんて誰にもわかるまい。

 白い扉の向こうには、幅の広い廊下がある。カルデアの英霊たちは普段気の赴くまま自由に闊歩しているが、珍しい事に今日は誰も居ない。大方マスターが我々に気を使ってサーヴァントたちに近寄らないように言ったのだろうが、よくあの異国の王様が従っているものだ。
 部屋から出て数歩歩いたところで、隣にアサシンの気配がなく、その代わりに後ろについて来る気配がある。

「私の後ろを歩くのが癖になってしまっているね。今は主従関係ではないのだから、ほら」

 立ち止まり、後ろにいるアサシンに向かって手を差し伸ばすと、彼は翡翠の目を細くし眉尻を下げて笑った。ガントレットに包まれたその手が私の掌に触れ、一回り大きな手を掴んで歩きだすと、アサシンは長い髪を揺らしながら隣を歩いてくれた。明らかに歩幅が違うにも関わらずだ。

「記憶には残らないのにいいのかい?」
「記録には残るだろう。私たちが生きた記録が残っているように、こうして手を繋げる関係になった事も記録に残る。素晴らしい事だよ。お互いの関係が変わっていけるんだという、何よりも強い証明になるのだからね」

 楽しかった日々は確かに私たちの記憶には残らなくても、過ごした日々は記録に残されるはずだ。鮮明な記憶は色あせた思い出になってしまうが、記録はいつまでも変わらず鮮明なままそこにある。

 これから先、幾度となく召喚され、その中で燕青とまた巡り会う事もあるのだろう。その度に苦悩し、藻掻き、打ちひしがれ、糾弾し、落胆し、絶望し、涙を流すのだろう。然しそれでも、私たちは胸を焦がし、足掻き、ぶつかりあい、探求し、手を取り、希望に笑みを零す。
 それは幸せな事なのだと、そう思える自分でありたい。
 

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