Remorse Contradictory feelings
 模擬戦闘訓練が行われるシミュレーションルームは、大層頑丈に出来ているようでエネミーを壁に打ち付けても凹みはするものの、穴が開くわけではないので安心して力を振るう事が出来る。

「あの新宿のアサシンとはその後どうなった?」
「良好、と言えば良好ですね。お互いの距離を模索している状況でしょうか」
「まぁ、なんであれ、これ以上マスターに迷惑をかける事はするなよ」
「はは。頑張りますよ」

 今日も今日とてエミヤに教わりながら、アーチャーとしての立ち回りを学んでいたところ、思いもしない事態に巻き込まれた。
 ……と言うのも、字面で表すと簡単なもので、内容としてはこうだ。エネミーが暴走し警報音が鳴り扉が開かなくなった。たったこれだけの事。然し、当然字面で表す程状況は簡単なものではない。騒々しい警報音が室内に隙間なく鳴り渡ると同時に、赤いランプが目に痛い程に点滅している。無機質なアナウンスは「制御不能。制御不能。至急敵を除外せよ。繰り返す至急敵を除外せよ」と繰り返している。
 エネミーが暴走してしまった所為で、室外に漏らすまいと扉は閉鎖され取り残された私たちはたった2人で、この暴走したエネミーを全て排除しなくてはいけない。

「私がランサーであればもう少し役に立てるのですが……」
「いや、弓兵としてもお前は強い。自信を持て」
「ありがとうございます」

 エミヤは広範囲に攻撃出来るのに対し、私は範囲は狭いが確実に1発で敵を無力化する事が出来る。これだったらエネミーを倒すのに時間はかからない。とタカを括ったのがいけなかったのだろうか。それともこのカルデアのシミュレーションルームを作成した人間に悪意があったのか、そのどちらもなのか。結果として警報音が鳴って1時間は粘っているがエネミー全滅するには至っていない。それどころか、数が増えたようにも感じる。
 こっちは肩で息をしているのにも関わらず、向こうは余裕そうな顔をして間合いを詰めてくる。

「はぁ……はぁっ、これ……」
「数が減っていないな。中の英霊だけで全滅は不可能だろう」
「となると、外の人間に助けを呼ぶ必要がありますが、扉は開かないし、この部屋の壁は頑丈に出来ています」
「あぁ。そうだな。だったらやはり“死に物狂いで頑張る”しかないようだな。然し、全戦全勝と名高い名前の頭脳でも何も思い浮かばないとはね」

 これは、完全に喧嘩を売られているに違いない。というか挑発してきているだけなのだろうが、やり方がえぐい。此処で何の策も思い浮かばなければ、私の逸話は嘘、と吹聴されても可笑しくないくらいに真実味が下がってしまう。それだけは何としても避けたい。
 考えろ。考えろ。この部屋を破壊する事も、扉を開ける事も出来ない。
 考えろ。考えろ。どう切り抜けられるかを、座に帰るになんてあり得ない。
 ……待てよ。カルデア全室内に内線があったはず。そこさえ生きていてくれれば外からの応援が呼べるのではないか?

「エミヤ、1つ策が浮かびましたがどういますか?」
「聞こうか」

 作戦内容を話すとエミヤは口角を上げて笑った。その顔は作戦に乗ったと代弁しているようなもので、エミヤは両手に短剣を握った。何も言わなくてもわかる。と言えたら格好いいがそういうわけにもいかず、手短に作戦を立て、制御盤を目指して走り出す。一縷の希望が見えたからなのか、肩で息をして限界が近かったにも関わらず、身体は苦しさなんて忘れたように動き、目の前のエネミーを確実に無力化していく。エネミーの厚い層を抜けた先に目的地がある筈だと、各々が最大限の力を振るい、配線を引き抜いた。シュミレーションルームから配線が引き抜けば、制御室にエラー信号が走る筈だ。
 あと少しの辛抱だと、押手に力を入れ何体ものエネミーを倒していると、急にエネミーの動きが止まり音もなく消えた。それは目の前にいたエネミーだけではないようで、見渡すと室内で暴走していたエネミーは漏れなく消滅していた。

「なん……どうして」

 呆然としたその問いに答えてくれたのは、無機質な音声ではなく、よく耳にする声だった。

“生きてるー? エネミーは無事にこっちの制御下に置けたから安心してくれて構わないよ。いやぁ、それにしてもよく生き残れたね。並のサーヴァントだったら今頃どうなっていた事か……”

 ダヴィンチちゃんの声が室内に響くと同時に、助かった。と深い息を吐いた。立っている体力も安心感に持っていかれたのか、ふらりと身体が後ろに傾き倒れかけたが、後ろからエミヤが支えてくれたお陰で、地面とぶつかるような事にはならなかった。

「ありがとうございます」
「気にしないでいい。それよりもよくやった」
「久々に死にかけましたよ」

 生前何度も死にそうな思いをしてきたが、今日のエネミーの暴走はそれを彷彿させるものがあった。エミヤに支えれるまま、安堵の溜息をもう1度吐くと、シミュレーションルームの扉が開く音が聞こえた。そちらに目を向けると泣きそうな顔をしたマスターと、切羽詰まったような表情を浮かべる新宿のアサシンがいて、2人は私たちの姿を視界に入れると、走って駆け寄って来てくれた。

「無事でよかった!! 怪我は?! 魔力供給する?」
「名前!」

 瞳を潤ませるマスターの問い答えるよりも先に、すぐ目の前にアサシンの顔があり驚きで固まってしまった。翡翠の瞳は心配そうに私を見ていて、ガントレットに包まれたその手で、私の頬や腕、首筋とすぐに確認出来るような箇所にそっと触れながら、怪我の具合を見ている。その瞳にエミヤの姿は入っていないようだ。

「深手を負ったところは?」
「そこまで酷い怪我はしていないんだ。というか近いから離れてくれないか」

 アサシンの顔面に掌を押し当て距離を取ろうとするも、アサシンは中々離れようとしてくれない。正直後ろにエミヤ、前にはアサシンと、自分よりも背の高い人物に挟まれると呼吸がし難い、というか、肩身が狭い。そんな私の心情を察してなのか、エミヤが私を支えていた手を離し、シミュレーションルームから出て行こうとする。マスターはエミヤの後を「本当に怪我とかない?」と心配そうに声をかけながら付いて行った。

「名前」
「本当に何ともないよ。アサシンは心配性すぎる」
「そもそもあんたが心配させなければこんな事にはなってないんだがねぇ。痛い所はないのか?」
「何もないよ」

 早くシミュレーションルームから出ようと足を動かし、自室に戻ろうと歩いていると不意に足が縺れバランスが崩れ、今度は前に倒れる。と少しでも衝撃を和らげようと両手を前に出すと、後ろからお腹に手が回り、転びかけた足がだらりと伸びている。

「足をやったのか」
「それより離して欲しいのだけど」
「あんたが大人しく医務室に行ってくれるんだったらいいけどぉ? それとも俺で魔力供給しちゃうかい?」
「……大人しく医務室に行くよ」
「そうこなくっちゃなっ!」

 その後私は俵の様に持たれたまま、医務室に行き、怪我が治るまでの数時間甲斐甲斐しくアサシンに世話を焼かれた。生前から甲斐甲斐しい一面はあったが、ここまで酷いものではなく、このカルデアに来た時は拒絶されていたというのに、あの一件以降徐々に溝が埋まり、今となってはこれだ。

「アサシン、いい加減に……」
「名前には俺の心配が伝わってないのか」
「伝わってる。伝わってるとも」
「じゃぁ、世話させてくれろよな」
「はぁ……」

 この後、無限エネミー事件として語られる事になった出来事は幕を閉じた。医務室での光景を見ていた刑部姫によって私の預かり知れぬところで、医務室で出来事が尾ひれをついてマスターの耳に入った事など、私には知る由もなかった。
 

真っ暗な光