Remorse Contradictory feelings
 昼下がり、エネミーの暴走があってからシミュレーションルームは整備中との事で、エミヤとの特訓もなく、マスターも用事がない。という事で2人で談話室でお喋りをしていると、黒い艶のある髪を持った、翡翠の瞳のアサシン談話室に入って来て、話の輪の中に加わった。
 丁度良くアサシンの手にはお茶請けがあり、彼がお茶を淹れてくれるとの事で文句を言う事なく、アサシンを話の輪の中に入れた。

「燕青ってお茶も淹れられるんだ」
「えぇ。上手ですよ」
「へぇー楽しみ」

 アサシンが淹れたお茶は相も変わらず美味しいもので、一口だけ飲む予定が、喉も乾いていないというのに、二口、三口と喉の奥を通り抜けていく。マスターも意外だと感嘆の声を漏らし、アサシンは満足そうに声を上げて笑っている。
 穏やかな時間。こんな時間を過ごせるなんて思ってもみなかった。と心穏やかにアサシンの淹れてくれたお茶を楽しんでいると、マスターが思いついたように口を開いた。

「ぶっちゃけ今だから聞くけど、名前と燕青ってどんな関係だったの?」
「主従関係ですよ」
「生前はな」
「今は同僚……というか、仲間というか、他の英霊と同じような感じでしょうかね」

 そう言うとアサシンは面白くなさそうに目を細めた。事実を言っているだけなのに、何故そんな不機嫌な顔をされなきゃならない。と思いはしたものの、口に出す事はしなかった。

「主人かー。見るからに名前っていい主人だったんだろうなー」
「そんな事は。私は人の上に立つには器が小さいようで、1人の従者すら信じられる人間ではないのですよ」
「それは状況が状況だったから、って言いたいけど……そうじゃなくても、名前は色んな人に好かれてるよね」
 
 そうだっただろうか。確かに色んなサーヴァントから声をかけられる事は多いが、それはこのカルデアにいるサーヴァントの人柄が良いからだろう。私よりも優れている英霊など沢山いる。

「例えば、アルトリアでしょー、エミヤでしょー、あ、この前ジャックとも遊んでいるのも見たし、クー・フーリンとも談話室で話してたよね」
「マスターは色んな所に気をかけているのですね」
「いやいや。皆名前はよく褒めてくれるから嬉しいって言ってたよ。燕青も沢山褒めてもらったの?」

 当たり前に褒めてもらったのだろうと、聞かなくともわかる。とマスターの表情は語っていたが、アサシンは「哈哈!」と腹に手を当て、座っている椅子から落ちんばかりに笑い出した。流石のマスターも驚いたようで、動揺を隠す事なく「燕青?」と彼の名前を呼んだ。
 涙が零れそうになるくらい散々笑った彼は、藍色のガントレットに包まれている指先で、涙を拭い、未だに収まらない小さな笑いと共に口を開いた。

「その逆だマスター。俺は主からは褒められて事が殆どない」
「え?! 何で!?」
「従者を褒める必要がないですからね。出来て当然です」

 アサシンが淹れたお茶は相も変わらず美味しいもので、気が付けば底が見えかけている。おかわりはあるのだろうか。と湯呑から視線をあげると、苦笑いをしてこちらを見るマスターと目が合った。

「名前って時々そういう所があるよね」
「そういう……? 必要とあらば幾らでも言えますよ。今は主従関係ではないのですし」
「そういうもんなのかな? 例えば?」

 小首を傾げながら私を見るマスターと、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべるアサシン。この男は所詮私はアサシンの良いところを言えないのだろうと決めつけていたのではないか? と一瞬冷めた目をしてしまったが、そんな思考では、出てくるものも出てこないというもので、頭を振って、生前や英霊となったアサシンの姿を思い浮かべる。

「先ずは、その艶やかな長い黒髪、指通りがよく櫛でといだ時は羨ましさすら感じていたよ。それに彫刻のような体と、全身に掘らせた刺青が良く映える。お前の四肢は長くその全てが好ましい。それに私はお前の甘え上手な所も気に入っているよ。侠客であろうとした気高い精神も、愚かな主の為に身を滅ぼさんとする忠誠心も、弛まぬ努力をし続けたその忍耐力、頭の回転の速さにはいつも驚かされてばかりだったな。それに……」
「わかった!! そこまでだ! 恥ずかし死ぬ!」
「恥ずかしさで人は死ねないと思うが。それに求めたのはそっちだろう」

 だからって。と口籠るアサシンに畳みかけるように私は言葉を続けた。

「どれだけ私は君を見て来たと思う。今も目を閉じれば色んな思い出が蘇ってくるよ」
「……褒められるって存外恥ずかしいもんだな。やめだやめ! 名前は俺を褒めるの禁止! マスターはいつでも褒めてくれよな」
「えー、だって燕青褒めても何かリアクションが薄いんだもん。受け取っているようで受けとってないっていうか……まぁ、この反応を見るからに、話半分で受け取ってたんだろうけど」

 アサシンが褒められた時どんな表情を見せるのかは知らないが、話を聞くにお世辞交じりの褒め言葉として受け取っていたのだろう。私が褒めないばかりにそんな弊害が出ていたとは思いもしなかった。
 こんな時にも私はなんて愚かな主人だったのだろうと、思い知らされる。そんな主人に忠義を尽くしてくれた彼は、素晴らしい。としか言いようがない。

「アサシン、すまない。まさか褒められる事に慣れないようになっていたなんて思いもしなかった」
「というより、名前以外からの褒め言葉は受け入れていなかったんだよね」
「はい?」

 マスターの言っている事がわからず、反射的に聞き返すとマスターは可笑しそうに笑って答えてくれた。

「燕青は最初っから名前にだけ褒められたかったんだよね。主としてさ」
「マスター!! そういうのは言わないのが鉄則だろっ!」
「鉄則何てなんの役にも立たないって、このカルデアにいたら嫌でも学習するよ」

 顔を赤くさせるアサシンは大変珍しく、滅多に見せないその表情に今の主との関係は良好なのだな。と柔らかい息を吐いた。情けない話、どれだけ傍にいても、彼の心情を察する事も出来なければ、彼の言葉を、強さを信じる事さえ出来なかった。そんな私に褒められただけで彼は嬉しそうに笑うのだから、少しくらい、よくやった。と声をかけてあげればよかった。
 こうやって私は自分の歴史を後悔していくのだろう。その度に、反省して同じ過ちは犯すまいと決意をしていくのだろう。それでも私は2度と燕青の主になる事はない。この反省に意味等なく、大きな溝を作る原因となった出来事については、私は反省をしても後悔はしないのだ。

 それでも、今日、穏やかな日々を過ごしていられるならそれでいい。
 

反省の矛盾した感情