Remorse Contradictory feelings
 レイシフトで特異点に行き敵を倒すことにも慣れた。始めは同行する他のサーヴァントとの連携が上手く取れなかったが、立香……マスターの指示や周りのサーヴァントの助けもあり何とか連携を形にすることが出来た。特にマシュやアルトリアには沢山の迷惑をかけてしまった。エミヤも時折アーチャーとしての動き方等教えてくれて、それが今の連携の基礎を作ったと言っても過言ではない筈だ。

「名前は戦闘経験ないのですね」
「恥ずかしながら、アルトリアに比べると皆無に等しいでしょうね」

 全くないわけではない。ただ私は指示を出し気紛れに矢を放っていただけだ。荒事は従者が率先してやってくれていたから、このカルデアにいるサーヴァントの中じゃ足手纏いになってしまう部類だ。

「それにしては……っ!」
「アルトリア?」

 施設内の休憩室の片隅で、アルトリアと話をしていると真向かいに座っていた彼女の鼻がピクリと動き辺りを見回した。私もつられて休憩室を見回すとここ最近見慣れた人物を発見した。赤い外套を身に纏って褐色の肌に色素の抜けた髪を持つ男の名前は英霊エミヤ。私に立ち回り方を教えてくれた人だ。

「アーチャー!」
「エミヤこんにちは」
「あぁ。こんな所で何をしているんだ?」

 何かを片手に休憩室に入って来たエミヤが私たちに近づくと、ふわりと甘い香りがした。何度か軽く空気を吸い込んでみても、やはり甘い香りがする。この匂いは何の匂いなのかと私の隣に立った赤い外套を纏ったエミヤを見ると、彼は私の視線に気が付き、何かを持っている方の手を私に向けた。エミヤの手の中には片手サイズの籠があり、綺麗な色のハンカチで何かが包まれている。

「何ですか?これは」
「クッキーだ。マスターが焼いていたところをたまたま通りかかってな」
「クッキー!マスターは今も焼いているのか?」
「どうだろうな」

 アルトリアは両手をテーブルに叩きつけるように勢いよく立ち上がり、上半身を乗り出してテーブルの向かい側に立っているエミヤに詰め寄った。心なしか目が輝いているように見える。こんなに目を輝かせたアルトリアは見たことがなく、エミヤに詰め寄る気迫もさることながら私は困惑していたが、エミヤは慣れているのか、大して気にした様子もなく肩を竦ませて首を左右に緩く振ると、アルトリアは私に短く謝り脱兎の如く休憩室からいなくなった。
 残された私たちは顔を見合わせ、アルトリアの勢いに思わず笑ってしまったが、悪いことではないだろう。

「ふふ、あんなに目を輝かせたアルトリアは初めて見ました」
「あいつあぁ見えて大食漢だからな。お零れがあるかと思ったんだろう」
「それでクッキーって何ですか?」

 座っている私の隣に立つエミヤを見上げながら首を傾げると、彼は驚いたように目を大きくさせた。だが直ぐに表情を戻し、椅子一つ分開けてそこに座った。近すぎず離れすぎず適切な距離にエミヤの優しさを感じ、つい口元が緩む。

「当然知識では知っているんですが、実際に口にした事がないのですよ」
「ならこれを食べると良い」

 人差し指で頬をかきながらそう言うと、エミヤはマスターに貰ったと言っていたクッキーが入っているを籠を私に差し出した。綺麗な色のハンカチに包まれていたクッキーはどれも美味しそうで、見入ってしまうが首を左右に振って籠をエミヤの方に押し戻した。

「これはエミヤが貰ったものです。貴方が食べるべきだ」
「細かいことを気にするな」

 さぁ。とエミヤがハンカチに包まれたクッキーを一つ摘まんで私に差し出した。仄かに甘い香りを放つそれを有難く頂戴し口に含むと何とも言えない優しい甘さを感じ、噛むとほろっと崩れるその触感に自然と口角が上がった。
 これは病みつきになってしまう美味しさだ。とゆっくり味わうと、エミヤは私にもう一枚クッキーを渡してくれた。

「いいんですか?」
「あぁ」
「ありがとうございます」

 初めて食べるクッキーはとても美味しく、頬が落ちるとはまさにこのことですね。とエミヤに同意を求めると、彼は私の発言が何処か可笑しかったのか、呆れたように溜息を吐いていた。その後、エミヤに紅茶を淹れてもらい束の間のティータイムを楽しんでいると、不意に休憩室の扉が開きマスターと彼女に絡んでいるアサシンの賑やかな声が耳に入って来た。

「マスターもお人好しだねェ」
「そんなことない、と思うけど……」
「いいや!そんなことあるね」

 耳に入ってきた二人の声に自然と意識が集中する。口の中に入れたばかりのクッキーの味もわからない程に心ここに非ずで、私の異変に気が付いたエミヤが腕を伸ばして肩を叩いてくれたのだが、かえってエミヤのその行動に驚いてしまい変な声を上げてしまった。

「名前此処にいたんだ!」
「マスター私をお探しでしたか?」
「次のレイシフトのことで相談があって……」

 休憩室に入って来たばかりで、私たちの存在に気が付いていなかった二人が私たちに気が付き、マスターは笑みを浮かべて私に近づいてきたが、アサシンは私に近寄ることなく目を細めて此方を見ている。てっきり私がいるから休憩室から出て行くのかと思ったが、マスターに用事があるようで近づきはしないが出て行こうともしていない。
 マスターがレイシフトの件について話があると言った所為か、エミヤが気を使い席を立とうとしたので、私は咄嗟に彼が身に纏っている赤い外套に腕を伸ばしてソレを掴み、動きを止めさせた。

「名前?」
「あ、あー……マスター、アサシンの方はいいのか?彼拗ねているんじゃないか?」
「え?あれは私にじゃないと思うけど……」

 エミヤにそう言われたマスターは一度アサシンの方を振り返るが、困ったように笑い渇いた笑いを零した。私はマスターに後で部屋に行きますと伝え、先にアサシンの用事を済ませるように促して立ち上がり、エミヤに向かって軽く頭を下げ休憩室を後にしようと歩き出すと、痛いくらいの視線が突き刺さった。その視線の先には冷たい目で見るアサシンがいて、蛇に睨まれた蛙のような気分になってしまう。

「待て名前。お前に用がある」
「歩きながらでも?」
「あぁ」

 エミヤが私とアサシンの間に立ってくれ、歩くのが遅い私の歩幅に合わせて歩いてくれた。するとアサシンから感じていた視線がなくなり、少しだけ深く呼吸が出来るようになった。これが彼を傷つけてしまった罰なのだろう。このカルデアに召喚された時から胸の奥に感じている感情の名前はきっと、罪悪感。
 そしてそれは今マスターやエミヤにも感じている。折角の楽しかった空気が険悪なものになってしまった。私とアサシンの間には埋まらない溝がある。それは他人から見ても目に見えてわかるもので気を使わせてしまう。
 私がもう少し上手く立ち回れていればこんなことにはならなかっただろうに。と後悔の念が込み上げてくるが、アサシンがあんなに感情を剥き出しにしなければ……否、アサシンは感情を隠すのがとても上手な人だ。どんなに嫌いな相手でも完璧な笑顔を作り酒を交わすことが出来る。そんな人が周りの人を気にせず私に冷たい視線を送るのは、それだけ私のことが嫌いなのだ。
 召喚された日にも感じていたことだ。

 私たちの溝は埋まらない。

 休憩室を出る直前アサシンを見たが、彼は楽しそうに笑ってマスターに話しかけていた。
 

真夜中の昼間