Remorse Contradictory feelings
「あのアサシンと何かあったのかは知らないが、マスターに余計な心配をさせるな」
「面目ない……」

 遠回しに自分たちのことは自分たちで解決しろと言われたが、これはもうどうしようも出来ないなのだろう。
 エミヤは俯いている私に対して溜息を吐き、何処かに行ってしまった。言動といい彼は冷たくしているようでその実優しい。お人好しな性格なのか、面倒見がいいのか何かと含めカルデア施設内のことを気にかけているように見える。

 きっと私がエミヤに相談したら、何かと助言してくれたり、頭を使ってくれるのだろう。

「この件に関してこれ以上他の人に頼れない、がな」

 私が作った傷をマスターに癒してもらおうとしている時点で可笑しいのはわかっている。が、どうすることも出来ない。私に出来るのは近寄らず、ただ彼とマスターの信頼関係が更に深まるのを願うことだけだ。

 さて、マスターの部屋に行くと伝えたはいいが、何時頃行けばいいのだろうか。と考えつつも時間を潰しがてら施設内にある図書室に足を向けた。生前は商売人だったこともあり、時事や歴史を調べるのは習慣なようなところもあり、それが今となっては娯楽の一部と化してきている。
 私の周りには常に人がいて賑やかなものだったが、図書室の中は当たり前のように静けさが広がっている。本のページを捲る音さえ大きな音に聞こえてくる。だがそれがいい。それくらいの方が集中出来る。そのことに気が付いたのはマスターに召喚された後の話で、気が付くのが大分遅かったと少しながら後悔したものだ。

 図書室の壁にかけられている時計は私が此処に入って来た時刻より、二時間程経っているようでそろそろマスターの部屋に行っても良いかもしれないと思い、読んでいた本を所定の位置に戻して図書室を後にした。

 施設内の廊下は疑問に思うほど大きい。昔は沢山の人が往来していたからの幅の広さかと思ったが、マスターがライダーが乗り物に乗って移動出来るように広いんだ。と教えてくれた時は変に納得したものだ。
 常識に捕われたままでは何かを成し遂げることは難しいのかもしれない。

「私は常識に捕らわれたままだったのだろうな」

 マスターの部屋の前に立ち、数回ノックした。私が生きていた時は声を出していたが、召喚される前に手に入れた知識だ。
 二度軽い音を鳴らすと、中からマスターの声が聞こえた。失礼する。と声をかけて部屋の中に入ると椅子に腰掛けたマスターがこちらを振り返り、ゆっくりと微笑んだ。橙に近い明るい髪色がマスターの雰囲気によく似合っている。

「待たせてしまいましたか?」
「丁度よかったよ。ありがとう」
「それで話とは?」

 マスターは僅かに目を伏せ、話難そうにぽつりぽつりと言葉を漏らした。

「次のレイシフト、アサシンと組んでもらってもいいかな」

 確かに話難い内容であるが、何故それを私に確認するのだろうか。誰を連れて行くか決めるのはマスターの権限だ。私が仮に嫌です。と言ったところで結果は変わらない筈だ。それだと言うのにこの少女は私に向かって意思確認を行う。それはマスターの優しさであり、決断力の甘さだ。

「私は構いません……が、アサシンの方は何と?」
「まだ話してないんだよね……」
「何故?」
「話し難くて」

 確かにあの男に次のレイシフトで私と組むことになる、と言うのは勇気がいるだろう。休憩室でエミヤがいたにも関わらず私を睨むような視線を送る男だ。マスターに手を上げることはないだろうが、それなりに怒りはするだろう。というのは容易に想像がつく。
 本当はマスターの口から伝えた方が、アサシンの為になるのだが、マスターは凄んだアサシンに萎縮してしまっているようで、両肩をがっくりと落としている。

 それでもアサシンの為には頑張って貰わないといけないんだ。

「事情はわかりました。しかし私からアサシンに伝えることは出来ません」
「そうだよね……うん。名前に断られて決心したよ。本当は下心もあったんだけどね」
「下心、ですか」

 その意味が分からず軽く首を傾げると、マスターは人差し指で頬を掻き照れくさそうに笑った。
 思うに私とアサシンには圧倒的に会話が少ない。だからこれを機に会話をしてくれれば。とのことだったが、マスターのその期待は虚しく散る結果となるに違いない。私は兎も角、向こうは私のことを憎み、嫌悪し、憎悪の念に駆り立てられているに違いないのだから。
 そう仮定すると余計に私からアサシンに伝えない方がお互いの為だ。

「レイシフトの件、了承しました」
「よろしくね」
「マスター、アサシンへの説得必ずや成功させてください」

 言葉を詰まらせながらもマスターは返事をし、私は部屋を出た。広すぎる廊下を歩けば、我々サーヴァントに与えられた居住区域がある。マスターの部屋程広くはないが、生活には困らない位の広さだ。白を基調とした部屋の前に、よく見慣れた男が立っていた。藍色のガントレットを両腕につけ、濡れ烏色の髪を垂れ流し、剥き出しの上半身には龍と牡丹の柄が彫られている。

「……っ、アサシン」

 私に与えられた部屋の前に立つ男がいることがあまりにも不自然で、あまりにも嬉しかった。どんな理由にしろあの彼が部屋の前に立ち、私を待っていたのだから。

「あんた、に話がある」
「……生前の時のように名前では呼んでくれないのだね」

 他のサーヴァントの目に付くから取り敢えず部屋に入ろうと、アサシンを促すと案外すんなりと部屋の中に入ってくれた。白を基調とした中に生前の暮らしを思わせる家具が幾つかある。アサシンはそれが気になったようで衝立から視線を逸らさない。

「お茶すら用意出来ないが、許して頂戴」
「あんたは、俺のことが嫌いかい?」
「まさか」

 まさにその一言に尽きる。何故そんな疑問を彼が抱いていたのかも分からない。主人として、人として私なりに彼を大切に扱ってきたつもりだ。
 ……だからこそ私はあの時死を選んだのだから。

 自分の命と彼の命を天秤にかけて、迷わず私は自分の命を捧げた。そのことに後悔はないのだ。
 ……彼に何も言わなかったことは僅かながらに後悔したが、これで良かったのだ、と思えば慰められる。

「だったら何で……!何でなんだ!」
「君は、私の全てを知ったのかい?」
「俺は、あんたが許せない!それ以上に俺を許せない!俺があんたを殺したんだ!」
「それは違う!断じて違う!」

 そんな馬鹿なことあってたまるか!

「私は栄華の為に君の忠告を無視したのだ」

 嘘ではない。
 私は確かに栄華の為に、彼の言葉を退け我が道をひた走った。

 私が軽く溜息を吐き、アサシンの前に立ち彼に向かって手を伸ばした。その手は振り払われることなく、掌に彼の温もりが伝わる。
 私を見るアサシンの緑翡翠の瞳が大きく揺れ、戸惑っているのが手に取るようにわかる。

「君は私によく尽くしてくれた。だからもう、自分を悔やまなくていいんだ。憎むのなら私だけにしなさい。そして今の主の為にその力を奮いなさい……もう私は君の主人ではないのだから」
「……名前っ!」

 私の名前を呼ぶ彼の声は震えていた。

濡れ衣の無実