Remorse Contradictory feelings
 このカルデアに名前が来てからアサシンの纏う空気がおかしくなった。本人もそのことは認めているらしく、時折イライラしたように頭を掻き乱しては、艶のある髪を乱し、深い溜息を吐いては乱した髪を整えている。

 相変わらず指通りの良さそうな髪で羨ましいな。

 なんて見当違いにも程がある感想しか頭の中に浮かばない。と言うのも、私が今考えることを放棄しているからだろう。名前に次のレイシフトでアサシンと組むことになる、と伝えてから既に丸一日は経っている。

 そして、このアサシンは朝からずっと私の部屋に滞在している。

「あのさ…一応ここ女の子の部屋なんだけど」

 そう注意してもアサシンは私の声が聞こえてないのか、あぁ……クソっ。と悔し気な声を出しては髪を乱している。考え事をしたいなら自分の部屋でやればいいのに、このアサシンは何かとつけて私の部屋に居る。

「全くもー……」

 座っているベッドから腰を浮かして、部屋の隅でうろうろしているアサシンに声をかけた。すると彼は驚いたように肩を揺らして私の方を振り返った。

「うおっ!」
「何に悩んでるの?」

 話しかけられて驚いているのか、悩んでいることが見抜かれて驚いているのかは分からないが、切れ長の目が大きく見開き翡翠の目が僅かに揺れる。どちらにしろサーヴァントとして気付かれていないと思っていた方が問題なレベルだ。

 未だに真名を明かさないのは、私のことを信頼していないからなのか、生前の主に戸惑いと動揺しているからなのかはわからないが、私はこのアサシンのことを知らなすぎるのではないか。と思っている。何か少しでも話してくれれば一緒に悩んだり何か力になれたりするのに。

「マスターは俺の真名を知りたいかい?」
「……まぁ、ね」
「信頼、してないわけじゃない……が、俺はあいつに、名前と……」

 それはつまり、私のことをマスターと認めながらも、生前主である名前に従者としての心残りがあるということだろうか。
 わからなくもないが、何だそれ。と言ってしまいたくなる。いっそのことこの男の頬をひっぱたいて言ってやろうか。

 私はアサシンの両頬を両手で挟むようにし、確りと私の方を見るように固定した。アサシンは私の突然の行動に驚き、藍色のガントレットに覆われた手で、私の手の甲に触れ、マ、マスター?と戸惑いを隠していない声色を発した。

「アサシン!よく聞いて。貴方の今のマスターはこの私、藤丸 立香よ!例え名前に未練が残っているとしても名前はもう貴方の主ではなく、私のサーヴァントよ!」

 わかった?!と畳み掛けるように言うと、アサシンは毒気の抜けたような、きょとんとした表情のまま数回瞬きし、軽く息を吹き出して肩を揺らして笑いだした。突然のことに今度はこっちが驚き、アサシンの頬を挟んでいる両手を離そうとしたが、アサシンの大きな手が上から押さえつけている為に離すことも出来ず、笑っている振動が掌に伝わってくる。

「呵呵!流石俺のマスターだ!」
「アサシン……?」

 一通り笑うとフッと息を吐き出し、切れ長の目が私を捕らえた。真剣な瞳は真っ直ぐに私を見つめている。

「真名を明かさない俺をよくここまで信じてくれた。お人好しだねぇ。だが無頼にも誇りがある。我が名は天巧星ふがっ!」
「待って!!」

 私を信頼して真名を明かしてくれようとしたアサシンの口を勢いよく両手で止めた。今は聞いちゃいけない。だって私はまだ次のレイシフトのことをアサシンに伝えてないのだから。
 もし、仮にこのことを伝えてアサシンが真名を教えたことを後悔でもしたら、今まで築いてきた信頼もなくなってしまうのかもしれない。

「どうしたい?マスター……」
「私、伝えたいことがあるの」
「なんだ?改まって、らしくもねぇなあ」

 らしくもない。という言葉に若干反応したが、いつもの軽口だとぐっと堪え、次のレイシフトのことをアサシンに伝えた。2人には話し合う時間が必要だと思っていること、名前の方からアサシンに伝えてくれないか。と頼んだこと。1度2人の戦闘時の相性を見たいこと。

「……だから私に真名を教えるのは」
「ホントお人好しだねぇ。マスターは」
「アサシン?」

 可笑しそうに笑うアサシンはとても穏やかで、思っていたよりも反応がよくて、ついアサシンの顔をじっくり見てしまう。

「マスターはあいつのこと調べたのかい?」
「……うん。だけど出てこなかったよ」
「そりゃあいつは通り名で罷り通ってたからな。しかも男だし」

 私は今とんでもない発言を聞いたのではないだろうか。アサシンは今、名前は男だと言ったのか?
 何かの聞き間違いかもしれない。と思いもう1度アサシンに聞き直した。

「今、なんて?」
「なんだい?」
「名前は男の人って本当……?」

 そう尋ねるとアサシンは口角を上げて笑った。その顔は怪しくもあるがそれよりもアサシンの口から語られる内容に耳を傾けた。

「騎士王だって史実だと男だけど、サーヴァントは女だろ」
「まさか…名前まで……!」

 確かにサーヴァントとして召喚した姿と、史実の姿は違うこともあるが、それはアルトリアに限っての話だと思っていたが、まさか名前にまで適用されるなんて……!

「ところでマスター。俺の真名だけど……」
「ごめん!今混乱してて」

 あれ?でもアサシンは名前とカルデアで初めて会った時にすぐに名前だってわかったよね?
 ……ということは、もしかしてアサシンは私を揶揄っているのかもしれない。と、思い至った。じっくりとアサシンの翡翠の瞳を見ても目を細め楽しそうに笑っているだけだ。

「1つ質問」
「なんだい?」
「何でアサシンは名前のこと初めて見た時に名前だって分かったの?」

 そう問うと、アサシンは楽しそうに笑っていた表情が、少し哀愁を纏う笑みに変わった。

「姿や性別が変わっただけで気が付かないような関係じゃなかったからねェ」
「アサシン……」

 その言葉に、その表情に胸が締め付けられた。2人に何があったのかは分からない。わかったところで私に出来ることなんて何もないかもしれない。

 なんて、無力なんだ。

 それでも何か力になりたい。

「アサシン。君の名前を教えてくれる?」
「あぁ。勿論だ我がマスター」

 その日私は初めてアサシンの名前を知った。

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