当時父は女が店を経営するものではないと、反対したのだが私以外に父の店を引き継げる者もいなく、店も栄えていた為に勿体ないと説得するも、父は危ないの一点張りで人の話を聞こうとせず、その時たまたま道端に倒れていた燕青を見つけて介抱したのが出会いだった。
「あんた……誰だ」
「私は名前。君の名前は?」
「……燕青」
「そう。君行くところはあるのかい?」
その問いに対して何も答えなかった燕青には行くところがないのだろう。と判断し私は彼を家に置くことにした。燕青は介抱してくれた礼だと言って、家のことや店のことも手伝ってくれ、裏表のない性格も相まって直ぐに私たち家族の中に溶け込んだ。何よりそんな彼を1番気に入っていたのは、私の父だった。
「何をやっているの?」
「おぉ名前か、いや何、こうやって身体を動かさないと鈍るからねぇ」
「燕青は武術が得意なの?」
「おう!」
捨て猫を拾ったような感覚で拾ったソレは案外腕が立つようで、これはいいと、私は父に燕青を用心棒につけると宣言した。毎晩のように燕青とお酒を交わしていた父は大層燕青のことを気に入っていた為、そのことに反論はなく私は父から遺言通り店を引き継いだ。
その店は更に軌道に乗り私と燕青は旅をしながら商売を始めることになった。私が主に取り扱っていたのは珍しい品とその地域の情報だ。特に情報はよく売れたが、それと同時にゴロツキに狙われるようになった。
その時だ。燕青が私に男装するように薦めたのは。
「女としての名前を見るのは俺だけだな」
「私に男として生きていけと?」
「そうだなぁ……男の名前は玉麒麟にしないか?」
「それは今の私の通り名でしょう?」
「丁度いい!」
丁度いいのだろうか……?
そんな疑問を抱えながらも、私は男として生活するようになった。何分私は顔が良い為女になれば男に、男になれば女に持て囃される。が、心做しか男になった今は燕青が隣にいる所為か、女の人に声をかけられることは少ない。
いや、遠巻きに見られることは多々あるが。
女の癖に私は女に持て囃されないことが悔しくて、燕青に張り合ったりもした。その結果……。
「玉麒麟様、今晩うちの店にいらして頂戴な」
「あら!今夜はうちに来る予定なのよ」
娼婦によく声をかけられるようになった。しかし私は女である為、その身を偽っている為彼女たちを腕の中に収めることも出来ない。だからとは言っては何だが変わりに燕青を送り付けていた。
そんなある日ひょんなことから燕青に関する噂を聞いたのだ。
「燕青。お前女を抱いてないんだって?」
「ぶっ!!主、それ、何処で……っ」
「いや、噂で……しかし本当のようだな」
曰く、主である私に献上されたモノは自分が触れるべきではない。
「お前がそこまで私に忠義を立てていたとは知らなかったよ」
「俺は侠客だ。侠客は主を大事にするもんだ」
「ありがとう」
私は燕青のことを商売していく為の相棒だと思っていたが、向こうは“私”を主として見てくれていた。それは嬉しいものだが、今までの行いが恥ずべきものだったと密かに反省したものだ。
それからも今までと変わらず……否、今までよりも商売は繁盛した。そんな折とある飯店で高毬と名乗る男からとある商売を持ちかけられた。
「2人で話がしたい。それとも従者も玉麒麟なのかな?」
高毬は2人で商売の話をしたいと……燕青がいなければ商売も出来ないのか?と遠回しに挑発してきた。燕青はそれに反発したが此処で争ったところで意味はなく、私は高毬の誘いに乗り2人で商売の話をすることにした。
「主」
「燕青大丈夫だ。信じておくれ」
「……あんたを信じてない日はないが」
「ありがとう」
後ろ髪を引かれる思いだったのだろう。燕青は何度か振り返り、意を決したように離れていった。
「それで、話とは?」
「いや何簡単なことさ。この国を変えようとは思わないかね?商売人の手で」
「……ほう」
この国を治める皇帝は女好きで有名だが、後宮に女が増えるということは雇用も増えるということだ。あわよくば跡継ぎだって産まれる。そうなればこの国も安定し機能していける。それなのにこの高毬は国を変えようという。しかも商売人の手で、だ。
高毬は塞き止められた水が自由になったように、止まることなく雄弁に騙り出した。
なんでも自分は官僚に仕えていて、自身もとある田舎を任されていると、それを警備する為の兵もいる。しかし、今の皇帝は商人が地域を治めることを許してはいない。しかし商人でもそれだけのことを任せて頂けるのであれば、この国の方針を変えればより豊かになる。
「で?次の皇帝は何方に?」
「私の主である現官僚に。玉麒麟、貴方にはその補佐に回って頂きたい」
「貴方は何を?」
「私はどう転んでも商いが好きでね。それ以外には興味はないんだ」
成程。
「して、この話断っても良いのか?」
「えぇ。ただ私が治めているのは東州……確か貴方は東州の産まれでしたね」
つまり私の家族を人質に取ろうという腹積もりか。この商談を断れば田舎の家族を殺す、と言っている目の前の男の表情は歪み笑っている。
「……わかった」
これを断れば今度は燕青が狙われることなど言われなくても分かっていた。だからこそ高毬の誘いに乗り私は皇帝の元に歩みを進めた。
「主!騙されるな!これは罠だ!」
分かっている。高毬にとってみれば私が皇帝を手玉に取れば位が高くなり、逆に私が死ねば商売敵がいなくなって万々歳だ。
「俺を信じてくれよ!なァ!」
信じているさ。いつだって燕青は私の為に働いてくれた。
「名前!」
「燕青、君には東州に行ってもらうがいいな」
「名前!こんな状況で離れられるわけないだろ!」
「だったら命令だ!お前は東州へ行け!」
それは雨の日の出来事だった。燕青はその長い髪を雨で湿らせ激昴する。それでも私は頑なに燕青と離れることを覆さなかった。遂に燕青が折れ、酷く弱った声で私に問うた。
「何で、死にに行こうとするんだ……」
「私には栄華が約束されているんだ。その道をただ真っ直ぐに歩くだけだ」
そして、私は運良く皇帝に拝謁する機会を与えられ、高毬の悪事を洗いざらい話したが、高毱の後ろである官僚は皇帝の覚えが堅いのか、皇帝は私を逆賊だと罵り、反逆罪で投獄され間もなく命尽きた。
これでいいのだと、この国で1番と言ってもいい情報量を持つ私が死ねば家族や皇帝、それに燕青に害が及ばないのだから。
大丈夫。苦しくはない。例え燕青が私を許してくれなくとも、燕青が無事ならそれでよいのだ。
燕青と歩いた道こそが私の栄華であり、誉だったのだ。