「……燕青はその後どうなったの?」
燕青曰く、私が死んだあと東州にいる私の家族は狙われることなく、燕青の人生は侠客の名に相応しいままに幕を閉じた。とのことだったが、恐らくそんな簡単な言葉だけでは済まされない人生だったのだろう。私のことを許せず、憎んで嫌って……止めきれなかった自分を、守り切れなかった自分を責めて責め抜いて幕を閉じたのではないだろうか。
「アサシン……」
「俺は、あんたを……」
俯くアサシンの表情はわからないが、その声は酷く苦しそうで胸が締め付けられる。艶のある長い黒髪が更にアサシンの表情に影を落している。マスターに手を握られている彼は力なくただそこにいるだけだ。
誰しもが何て声をかけていいか分からなく、言葉を失っている時に草が揺れた。それに一早く気が付いたのは、マスターに手を握られているアサシンだった。
「マスター誰か来るぜっ!」
「サーヴァント?!」
「いや、これは人の気配ですね」
私たちの前に現れたのは盗賊で生身の人間相手に全力で戦うわけにはいかなかったが、難なく盗賊を倒すことが出来、此処が何処なのか盗賊から情報を聞き出すことが出来た。やはりこの時代は私がいた時代で場所はこの帝国の都。つまり私と燕青が離れ離れになり2度と会えなくなった場所だ。
「皮肉なものだな……私とアサシンが揃ってこの時代この国に来るとは」
「……そう、だね。辛かったら言ってね」
「マスターは優しいな」
私とは大違いだ。なんて言葉は口の中で消えていった。マスターに直接言えば彼女はきっと照れたように笑い、お礼を言った後私に向かって何か言葉をかけるだろう。その言葉は彼女の本心であり、私に対する評価だ。
そんな言葉今は受け取りたくはない。
「マスター、移動しよう」
「うん。燕青たちはこの時代に詳しいんだよね?」
「あァ!任せてくれよマスター!」
この国は簡単に私たちを受け入れてくれた。と言うより、アサシンがそのままの格好のお陰で「浪子一行様なら」「燕青さんの頼みじゃ断れねぇな」と街の人たちが親切にしてくれる。
そう言えば、生前から街の人達に親切にしてもらったなぁ。なんて飯店でご飯を食べている時生前の事を回顧したりもした。アサシンはどうなのだろう。と視線を向けると目が合った直後逸らされる。
逸らされた。と言うにはあまりにも自然に視線を逸らしたアサシンはマスターに声をかけている。
「なァなァマスター。酒頼んでもいいかい?」
「ダメだよ燕青!何があるかわかんないんだから」
目の前で繰り広げられる会話に私は思わず笑ってしまった。肩を揺らして笑ったつもりはなかったが、私の隣に座っていたマシュは気が付いたようでアメジストの視線を私に向け首を傾げている。
「名前何かありましたか?」
「いや、何……言葉にすると難しいのだけど、そうだね……嬉しいんだよ」
「嬉しい、ですか」
私はマスターと立香を呼び慕うアサシンを見て嬉しくなったのだ。アサシンの表情は酷く穏やかなもので、それは生前近くで見てきたものだ。その顔を、表情をもう1度見れるなんて思ってもいなかった。例えマスターに向けた笑みだとしても、私が傍にいる限り出さない笑みだと思っていたから。
ありがとう。藤丸立香。貴方に……我がマスターに心からの感謝を。
「そろそろ宿を見つけよう。燕青、この辺でいい宿知らない?」
「んー、俺だけだったら妓館にでも行くんだけどなぁ」
「ぎかん……?」
「ぎかんとは何ですか?マスター」
「おおっと、マスターとマシュにはこの手の知識はまだ早かったか!」
マスターとマシュはアサシンが言っている意味が分からないようでただ首を傾げている。しかし、アサシンを見つめているだけでは知識が得られないと判断したのか、今度は私の方に視線を寄こして来る。オレンジがかった茶色と紫の瞳が真っ直ぐに見つめてくるが、この知識は果たして与えても良いものなのか。と考えてしまう。
妓館。それは平たく言うと女性を買う店の事で、日本では遊郭が当てはまる。
「名前は知ってるんだよね?」
「まぁ……誘われた事もありますし」
「誘われた、と言う事は場所の事を指しているのでしょうか?」
「それよりもマスター、今宵の宿の事だけれどこの辺だと角にあった逆旅がいいかと」
「そうだ!宿!」
思い出したマスターは勢いよく立ち上がり、逆旅に向かって歩いていく。勿論ここの飯店の支払いは済ませてあるからその辺の心配はしていない。
それよりもだ。私は気になる事がある。
「玉麒麟の名前が1度も出て来てない」
「早く行かねぇとマスターに置いて行かれるぜぇ」
「あ、あぁ。ありがとう」
アサシンは気が付いたのだろうか。何で浪子ひいては燕青の名前は出てくるのに……。この場所で見たアレはまさしく私である筈なのに。この世界は何かが可笑しい……。マスターに早く報告しなければ。
それともう1つ。どうしようもなくこの景色に違和感を覚えるのだ。
宿に入って漸くカルデアにいるDr.ロマンとダヴィンチちゃんに通信する事が出来た。皆がいる場が丁度いいと、私は先程感じた違和感を話した。するとDr.ロマンが話ずらそうに頬を指で掻き、それを見たダヴィンチちゃんは大きな溜息を吐いた。どうしたのか。とマスターが2人に問うも、Dr.ロマンは言葉を濁すばかりで何の情報も入って来ない。
「いいから言ってしまえ」
「うう……えぇ。君たちが今いるのはアサシンや名前が生前いた場所で間違いないかな?」
ダヴィンチちゃんに肘で突かれて漸くDr.ロマンは口を開いた。
「はい」
「あぁ」
「恐らくこの世界はifの世界。もしもの世界なんだ……と観測データの元僕らは考えている」
ifの世界……。特異点でもなければ異聞帯でもない。とカルデアは判断したらしい。ではどうしてこの場所に我々は呼ばれたのか。という話になってくる。
「名前は英霊になる程の人物だった。それは我々の知っている歴史が証明している。だが、この世界の名前は英霊になれるような事を何1つとして行っていない……もっと正確に言うと人として機能しているのかが怪しい」
「……え?ですが私たちの前を通った時、確かに名前さんは生きて……」
「生きている、その言葉の定義が心臓の運動でけでいいのなら、確かにこの世界の名前は“生きている”事になる」
つまり、この世界の私は何者かによって意思がなくなり、ただの傀儡に成り下がった。とDr.ロマンは言いたいのだ。あの時、あの一瞬すれ違った時生前の自分がそこにいる事に衝撃を隠せず、動揺してしまった。それはこの場にいる全員がそうなのであろう。
「私は何故生かされているのでしょう。何の為に、ただの生きる人形になっているのでしょう?」
恐らくその鍵を握るのは、この世界にいる燕青。あの男が主の異変に気が付かないわけがない。