「燕青……」
「俺だったらこう願うだろうさ。“この時間が続けばいい”ってな」
自分の行いに悔いはないのか。と問われれば勿論ない、とはっきり言える。だが、アサシンの……燕青の話を聞く限り私の死は一体何だったのだろう。と疑問が浮かんでくる。国一番の情報屋である私は存在に価値がある。そんな人間の忠告を聞き入れなかった皇帝。私の死を持って栄華が続くのだったら、私が死なない事でこの国は滅びゆくのだろうか。
否、国はそれでも変わらずに動いていく。
ただ、国内の情勢が変われば国外から容易く攻められるのは必然。ここ数年皇帝は国外からの攻撃に対処してきた優秀な方だ。そんな方だから私は高毬の証言を皇帝に洗いざらい話したのだから。
……まぁ、信じてはくれなかったのだが……。
「あの私は殺されてなお生かされているのかもしれないな」
「誰に……」
「私自身にか、それとも私が生きている事を望む人間にか、ですよ」
それは限りなく正解に近い可能性で、何処か半分諦めに近い感情でマスターを見ると、視線を受けた彼女はアサシンを見てこう言った。
「燕青なら、あの名前と燕青がいる所がわかるよね? 気配遮断スキルがあるとはいえ、名前にそのスキルがあるわけじゃないし、推測ではあの名前に自分の意思があるように思えない」
「意思があったとしたら?」
「それも確かめる! 2人が幸せであるなら文句は言わない。燕青探してきてくれる?」
その“2人”が一体どの2人なのかアサシンは聞かなかった。それでもマスターの意図を汲み取ったのか、アサシンは深い溜息を吐くと、一息で姿を消し、アサシンが立っていた場所には僅かな砂埃が舞っているだけだった。
“話しは落ち着いたようだね”
「あぁ!! ごめんなさい、勝手に話を進めて……」
“いやいいんだ。こっちも手詰まりだったからね。それより、聖杯の事なんだけど……”
Dr.ロマンはマスターの話を早々に切り上げて、聖杯に関しての話題に移った。と言う事は聖杯に関して何かがわかった、と言う事で、マシュが「何か分かったんですか?!」と食い気味にDr.ロマンに話かけると、彼は声高らかに宣言した。
“この時代の聖杯はかなり成り方が特殊だ。なんせ此処はifの世界。聖杯で作られたまやかしの世界だ”
「今までの聖杯とは違うものなのでしょうか?」
“名前が生きているという事を事実と仮定すれば、おのずと聖杯所持者が名前である事がわかってくる”
「ですが、聖杯に死者を生き返らせる力があるなんて聞いてません」
この時代の私は確かに死んでいる。流石に聖杯でも死人を生き返らせる力はない。そんな事をし始めたらこの世に英霊なんてものは存在しないし、寧ろその英霊が再び生き返れば歴史は大きく動き、混沌を極める事になるだろう。そうなればいよいよ人類崩壊は免れないのではないだろうか?
であれば、あの私は一体……。
「考えられるのは、私の意識を剥奪。これは皇帝に会わなかったかもしれない未来ですね。又は、死にかけの私を聖杯で延命している。若しくは、あの人間は私の贋物である」
“あぁ。僕も名前と同意見だ。あの2人が通った時誰もが聖杯の反応を感知出来なかった。既に体内に取り込まれている可能性が高い。そして、もう1つの可能性は新宿のアサシンが聖杯を持っている可能性だ”
「燕青さんが聖杯を持って何の意味があるのでしょうか?」
“……魔力を供給し続ければ、生きてはいられるからね。そこに本人の意思はなくとも”
「そんな……っ!」
「燕青……」
顔を顰めるマスターとマシュを尻目に、私はアサシンが立っていた場所に視線を向けると、音もなく気配もなく長い艶のある烏色の髪を持った男が現れた。翡翠の瞳を細めてマスターを見るその視線は何か伝え淀んでいるように見える。しかしマスターたちはアサシンがこの場に戻って来た事にも気が付かないまま話しを進めている。
流石に帰って来た事を伝えた方がいいかと、口を開くも、アサシンの方が一息早く口を開いていた。
「いよっマスター、戻ったぜ」
「はや!」
「お帰りなさい、燕青さん!」
「おう」
「それで、場所は……」
あの私たちが気になって仕方がないマスターは、帰って来たばかりのアサシンに詰め寄り、居場所を教えるように言うもアサシンはへらりと笑って、落ち着けって。とマスターを窘めた。
「燕青!」
「わかったわかった……! 場所はこの街から離れたところにあるとある家屋だ」
「……離れた家屋?」
どうして家屋に? と顎に指を当て考えていると、それに気が付いたマシュが小首を傾げてアメジストの瞳を渡しに向けた。
「名前さん、何か心当たりが?」
「逆なんだ。何の心当たりもないんだよ」
そう。私はアサシン……もとい、燕青と旅をしながら商売をやっていたから、特定の家は持っていなかった筈だ。東州に実家があるがそれはここから十里以上も離れた先にある。
燕青が新しく購入したものなのか、勝手に使用しているだけなのかはわからないが、特定の場所にいるという事は探す側の人間からしてみれば、非常にありがたい事だ。
あ、違う。私に思い当たる場所ではないが、あの男の思い当たる場所ではないか、此処は。
「マスター。此処は高毬の根城だった筈です」
「という事は……!」
「もしかして」
そう、あのアサシンがこの付近にいると言うことは、いつでも高毬を殺せる範囲にいるという事だ。
「今すぐ行こう!」
「そうですね! 善は急げです!」
そうして私たちは燕青の元に向かった。このレイシフト最後の戦いになるであろうと、誰もが感じていた事だった。