忘れ去ったと思っていた




ヒーロー飽和社会と呼ばれるこの社会において私は全くの異質だ。人類総人口の8割が何らかの個性があるこの時代に私はよりによって残り2割の方。所謂無個性と呼ばれるなんの個性を持たない子供として生まれてきた。

子供のうちはなんで私には個性がないのかと毎晩泣いたりもしたが、そのうちその事について泣きもしなくなった。私は諦めたのだ。どう足掻いても自分には個性は出現しない。齢4歳にして絶望を覚え、中学に上がる頃には全てを諦めた。そんな私を隣に住むお兄ちゃんだけが認めてくれた。そのままの私でいいと言ってくれていた。それなのにそのお兄ちゃんは突然消え私はまた高校の時に絶望するというなんとも味気のない人生がこの私、瀬戸椿の人生だ。

私は個性がほぼ関係ない事務職の仕事に就いた。この仕事につけば個性について何か言われる事もないからだ。パソコンが弄れてタイピングも速い。間違いも少なく仕事もまま早い方だ。誰かに文句を言われる筋合いもなければ、文句を言う人もいない今の職場が気に入っている。

「疲れた…」

事務仕事とはいえ1日中パソコンと睨めっこして椅子に座り続けていれば肩は凝るし腰も痛くなる。どんな仕事でも疲れは出るものなのだ。
肩に下げていた鞄をリビングのソファに置き、テレビの電源をつける。パッとついたテレビはここ最近の事件やどのヒーローが活躍したかを映している。チャンネルを変えて適当なバラエティ番組を流す。
別にヒーローが嫌いってわけじゃない。でもどうしても諦めきれなかったあの時の私が顔を出すのだ。

「バカみたい」

自嘲するように鼻で笑うとインターフォンが鳴り宅配か何かだろうと思い、確認もせずに玄関の扉を開けると不審者が立っていた。

え?何この不審者…。

帽子を深くかぶり、黒縁眼鏡にマスクをしている。素顔が殆ど見えない私よりも背の高い男の人が目の前に立っている。男の人の指がマスクにかかり反射的に扉を閉めようとすると不審者男が手で妨害してあろう事か私に怒鳴りつけてきた。

「てめェ!何勝手に閉めようとしてんだ!!」
「いやいや!目の前に不審者がいたらそりゃ閉めますって!!」
「俺は不審者じゃねェ!クソが!」

当たり前だが圧倒的に男の人の方が力が強く、頑張って手前にドアノブを引っ張ってもビクともせず、終いには扉は全開になり私は無防備な状況となってしまった。

「ひっ」
「…お前、椿だろ」
「な、んで、私の名前…」

最近の不審者は個人情報まですっぱ抜いて自宅にまで訪ねてくるのかと、恐怖に怯えていると不審者男がずかずかと遠慮なんて言葉を知らないかのように玄関に入ってくる。
恐怖心で体が震え始めてやっとの事で動かす足は後退し、声も掠れたものしか出ない。パタンと音を立てて扉が完全に締まりカチャっと音がなり鍵がかかる。

もうコレは殺される。

そんな覚悟をした時、目の前の不審者男は頭に被っていた帽子を取り、黒縁メガネとマスクも外し私に素顔を晒す。

あれ…。その三白眼につんつんとした金色の髪は何処かで見たことがある。見た事があるどころか知っている顔だ。

「久しぶりだな椿」
「かつ兄…?」

まさか、不審者男が昔私が淡い恋心を抱いていた隣に住むお兄ちゃんだったなんて。人生何があるかわかったもんじゃない。

「なんで貴方が不審者なんかに…」
「だから俺は不審者じゃねぇっってんだろうが!!何度言えばわかんだよ!」

かつ兄はそう言って私の方に腕を伸ばす。その手には小さな紙袋が握られてて、何だこれはと受け取りながらも首を傾げるとかつ兄はイラついたように空いた片手で髪を掻き毟り顔ごと視線を逸らす。

「引っ越してきたんだよ。隣に。偶然」
「てことはコレは引越しの挨拶?」
「あぁ。他の住民に俺の事バラスんじゃねぇぞ。色々とめんどーだからな」

つまりその“面倒”を回避する為にあんな不審者みたいな格好をしてたってことか。それなら納得だがそもそもなんでバレたら面倒な事になるのだろうか。
不思議そうにかつ兄を見る私の視線に気づいた彼は大きな溜息を吐く。

「俺は今ヒーローをやってるからな」
「へぇ、かつに…爆豪さんらしいですね」
「あ?」

怪訝そうに眉を顰めた爆豪さんの体を回転させ、背中を押すと不機嫌そうな顔をして私の手を躱して逆に私の手首を取った。

「何すんだよ」
「用も済んだ事ですし帰ってもらおうと思いまして」
「つかなんでてめェ敬語喋ってんだよ」

そんなの決まってる。

「他人の上に歳上だからですよ」
「他人だァ?!」

例え私の学生時代にお隣に住んで偶に寝泊まりしてたとはいえ、それはもう過去の話。今は完全に他人同士だ。

「…いい度胸じゃねぇか、あァ!?」
「え、なんですっ…ん!」

爆豪さんは掴んでいた私の手首を思いっきり自分の方に引っ張り、空いているもう片方の手を私の頭の後ろに回して私の唇に噛み付くように自分のソレを重ねる。
荒々しいそれに目も瞑れないでいると爆豪さんは何やら楽しげに人を揶揄するように目元を緩める。至近距離で目が合う。
兎に角爆豪さんから離れようと、拘束されてない方の手で爆豪さんの肩を叩くがビクともしなく、それどころか何度も角度を変えながら深いものにしてくる。
触れる唇が気持ちよくてぎゅっと目を瞑るとくっくと爆豪さんの喉がなる。

「んん、」
「なぁ、口開けろよ」

嫌なのに、なのにぼやける頭は抵抗よりも口を開ける事を選び少しだけ隙間を作ると爆豪さんは私の手首を離しその手でするりと頬を撫で艶のある低い声で囁いた。

「いい子だ」
「ぁ…ふ、んん!」

少し開けた隙間からぬるりとした生暖かい舌が入ってきて私の舌と絡まる。隅々まで舐め回すように暴れ回っては私の舌に絡んでくる。

もうだめだ。息が続かない。

「ゃあ、もっ…ふぁ」

かくんと足の力が抜け爆豪さんに寄りかかると、乱暴な口付けとは裏腹に優しく抱きしめてくれ、何度か頭を撫でる。くつくつと頭上で笑っているのは聞かない事にするが。

「椿」
「はぁ、ぁっ…なんですか?」
「これで俺たちは“他人”じゃねぇなあ?」
「へ?……は?まさか!」

爆豪さんの肩に両手を置いて腕を伸ばし距離を置く。きっと私の顔は信じられないものを見ているかのようだった思う。
自分でも分かるほどに目の前で揶揄するように笑う彼が信じられなかった。

「じゃあな」
「ちょっ!まっ!」

かちゃりと鍵が開き爆豪さんは出て行った。出て行ったとしても彼の所在地は分かっている。お隣さんなんだから。

パタンと扉が閉まると同時に私はその場に座り込んでしまう。

「嘘でしょ?」

不器用ながらも優しかったあのお兄ちゃんがあんな手の早い人になっているなんて、思ってもみなかった。
いや、もっと言うならもう2度と会いたくなんてなかった。


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