108本の赤い薔薇の花束を捧げよう




翌朝ニュースで連続通り魔事件の犯人が捕まった、と流れており、烈怒頼雄斗というヒーローが解決したとニュースキャスターが言っていた。当の本人はインタビューを拒否しており報酬も要らないと言っているそうで、それを聞いた勝己さんはあのクソ髪が。と舌打ちをしていた。

なんでもここ最近、個性を使った犯罪をするよりは今事件のように使わないで罪を犯した方が捕まえ難いのだという。だから難航していたのかとぼんやりテレビを見ていると後から勝己さんに頭を小突かれた。

「おめェ他人事じゃねぇんだぞ」
「なんで勝己さんあのヒーローに手柄を渡したんですか?」
「…椿がいたから」

それってどう言う事なんですか、と聞くよりも早く勝己さんのスマホが着信を知らせたので口を噤んだ。
昨日のように怒鳴り散らしたと思ったら今度はインターフォンが鳴り、勝己さんが大股で玄関に向かって歩き出したがその足音一つ一つが大きくて吃驚する。
何をそんなにいきり立っているのかと後から様子を見ていると、昨日の赤髪の男の人と、黒髪と黄色髪の3人がにこやかに立っていた。

「よ!爆豪」
「何しに来てんだよ」
「昨日の事の詳細を聞こうと思って上鳴に相談したら、ついて行くって言われてよ」
「クソ髪お前は先に俺に相談しろや」

烈怒頼雄斗さん以外は知らない人だ。いや、このヒーローの事もそんなには知らないけど…。

壁の影から顔覗かせていると、赤髪のヒーローと目が合いそのヒーローが私に近づき私の頭に手を置いて撫でる。押し当てるように撫でるそれに違和感を覚える。

撫でられ慣れてないからだろうか。

「君昨日の子だよな?」
「爆豪被害者を家に連れ込んでんのかよ!」
「そこまで見境なしとは思わなかったぜ」
「違ぇわ。てか触んな」

勝己さんが烈怒頼雄斗の手を掴み、私を引き寄せる。暑い胸板に顔が当たり少しだけ心臓が高鳴る。

「え、その人爆豪の彼女かなんかなの?」
「だったらなんだよ。文句でもあんのか?あ?」

威嚇するように言葉を重ねる勝己さんの服をつまんで引っ張ると、意外にも彼は大人しく私に耳を傾けようとしてくれた。

「えっと、かつ…爆豪さんのお知り合いですよね?私お暇しましょうか?」
「おめェがいなくなる必要ねぇだろ。コイツらはお前が心配でここに来たんだろうしよ」

そうなのかと3人の顔を見ると、赤髪のヒーローが大きく頷いて口を開けて笑う。ヒーローらしいという印象を受けた。



それから3人は勝己さんの家に上がり込み、勝己さんの高校時代や駆け出し時代の話しをしてくれた。
それはとても新鮮でとても羨ましかった。どんなに言葉や体を重ねても私が得ることの出来ない過去の勝己さんを彼らは知っている。

「仲が、いいんですね」
「よくねぇわ」
「即答!照れんなよ爆豪!」

上鳴さんが勝己さんの肩に腕を組み、それを勝己さんが払い除け切島さんが宥めて瀬呂さんがけらけらと笑う。1連の流れがそこに出来ていて私の入る隙間などはなかった。

これは空気に徹した方がいいのかも知れない。そう思っていたら上鳴さんが興味深そうに私の顔を見る。

「瀬戸ちゃんはさぁ、どーやって爆豪と知り合ったわけ?」
「えっと、昔近所に住んでまして、その時に色々とお世話になったんです」
「へぇー。コイツも人の世話すんのね」

瀬呂さんが意外そうに勝己さんを指差した。

「でもコイツ怖くねぇの?外見とかさ」

続けられた言葉にそんな事ないと首を横に振る。勝己さんはとても優しい人だ。

「初めて会った時は凄く怖かったんですけど、私が困ってる時は手を差し伸べてくれて助けてくれたんです。だから怖いなんてことありません。とても優しい素敵な人です」

恥ずかしい事を言った気がしないでもないが、でも本心で事実だから仕方がない。頬にほんのりと熱が灯り、両手でそれを冷やすが意味を成さなかった。それどころか3人が私達を囃し立てるものだから余計恥ずかしくなり、終いに赤くなっているであろう頬を隠すために俯いてしまった。

「しっかしまぁー爆豪も相変わらず頭の回転が早ェよな」
「あの通り魔に爆破しなかったのは、火傷跡をつけない為だろ?」
「黙れ」

勝己さんはあまり聞かせたくないのか、制止の声をかける。でもそれを振り切って切島さんにどう言う事なのか説明を求めると、彼はとてもいい笑顔で教えてくれた。

「爆豪はな、犯人を捕まえたのは俺だと捏ち上げる為に態と個性を使わなかったんだ。好きな奴を何よりも優先するっ!漢らしいぜ爆豪!」

…もし、個性を使って犯人に火傷跡でも残ったら爆豪さんはあの場に留まって、事後処理をしなきゃいけない。でも個性を使わずに制圧した事で硬化の個性である切島さんが解決したと見せかける事が出来る。
何故なら…、あの状態の私を現場から一刻も早く遠ざける為。

また1つ彼の優しさを知り心に陽が灯る。胸の奥から陽だまりのようなじんわりと全身に広がっていく。
勝己さんの方を向くと、彼は掴んでいた上鳴さんの頭を乱雑に離し、私の視線から逃れるようにそっぽ向いてしまう。

「そしたら俺達は帰るか」
「そーだな」
「じゃーなぁ!爆豪!」
「2度と来んな」

3人は笑顔で手を振って部屋を出て行った。あれだけ騒がしくしていた分、2人きりの空間はやけに静かに感じる。これは何か話した方がいいのかと頭の中で話題を探すが何も思い浮かばない。

「椿」
「は、はいっ」

私に背を向けて立つ勝己さんが私の名前を呼ぶ。一切の音がなかった空間に、驚いた私の返事は大きく響き恥ずかしくなる。それを知ってか知らずかこちらに振り返った勝己さんがくつくつと笑っている。

「ひどい」
「は、椿俺はお前が学生の頃からずっと好きだったし、お前が思ってる以上に椿しか見てねぇ」

勝己さんの口から紡がれる言葉に、私の心臓が早鐘を打つ。そっと抱き寄せられ耳元で囁かれる愛の告白に背中に腕を回して勝己さんを抱きしめる。


あの時から私が追い求めてた人。
絶望に打ちひしがられ何度も嫌いだと心に念じてもなお、私が恋焦がれた人。
無個性の私をどうでもいいと乱雑な言葉で受け入れてくれた温かい人。
どんなに小さな不安も取り除いてくれる優しい人。

少しだけ体を離してお互いの目を見つめた。背伸びをして目を瞑る。すると唇に勝己さんの温かいそれが触れ重なる。

私を愛してくれるこの人を幸せにしてあげたい。

「勝己さん!必ず幸せにします」
「…それ、俺のセリフだろ」


椿は知らない、俺達が会ったあの日に俺の事怖いと思った癖に後を着いてくるお前を守ってやりたいなんて思ったことも、椿の笑った顔に全てを持っていかれたことも。かつ兄と鈴を転がした声で俺の名前を呼ぶ姿に俺がどれだけ安堵していたかも。

俺がどれだけお前を欲していたかもなんて、アイツは一生知らない。


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