そんな事言われても
腕を引っ張られたまま抵抗することなく流されていると、店の外に連れていかれた。お酒を飲んで熱くなった顔に夜風が気持ちよく感じ目を細める。
「こんな所で何してんだ?」
「合コン?」
「は?」
マスク越しで聞こえる声は今までに聞いたこともない程低い声で、肩がびくんと跳ねる。爆豪さんの晒されている三白眼は釣り上がっていて、言っちゃ悪いがものすごく怖い。
「…友達に飲みに誘われて来たら合コンだっただけです」
「そうかよ。もう帰んぞ」
「え?爆豪さんも?」
なんで、爆豪さんだって飲みに来たんじゃないの?
そう私が話すよりも先に爆豪さんの口が開き、個室の部屋番を聞く。
「3番ですけど…」
「待ってろ荷物持ってくる」
「まっ!」
爆豪さんは私の言葉を聞かずに中に入っていき、暫くすると戻ってきた。その手には私の鞄があって本当に帰れるんだとホッとした。
ん?ホッとした?
「おら帰んぞ」
「あ、待ってください」
小走りで爆轟さんに近づき隣に並んで歩くと、あることに気がついた。それは爆豪さんが私の歩く速度に合わせて歩いてくれているという事だ。
そういう所も嫌い。
「そーいやお前酒は飲んだのかよ」
「うん、にこやかに笑ってる男の人が進めてくれたやつを」
「そいつに何かされなかったろーな?」
何か、とは何だろうか。
爆豪さんの言いたいことがいまいち分からない。
「何かって?手は握られたけど」
「されてんじゃねーかバカ」
「っ?!」
バカとはなんだ。だいたいなんでお隣さんの爆豪さんにそんな事言われなきゃいけないんだろうか。この人はまるで私を自分の所有物かのように物事を言う。
「爆豪さんは!!」
怒鳴るように叫ぶ私の声に爆豪さんは一切顔を歪めることなく、歩くことをやめて私の顔を見る。
「どうしてそんな事を言うんですか?」
「お前は…椿は俺の事が好きなんだろ?だったら俺以外の奴に触らせんな」
「好きだなんて言ってない」
私の頬を厚い皮膚の指の腹で撫でる爆豪さんの顔を見つめ、否定する。私はこの人の事は嫌いだ。
「へぇ、お前は好きでもない男に股開くんか?」
「っんな!」
「好きでもない男に向かって喘ぐんか?」
「違っ!てかやめて!」
揶揄するように目元を緩めている爆豪さんの口から出る卑猥な言葉を止めようと腕を伸ばして両手で爆豪さんの口を塞ぐ。何も喋らない事を確認して視線を逸らしながら否定する。
「違います、違うんです。爆豪さんに触られると頭の奥がぼーとするというか、何も考えられなくなっちゃうんです」
私をそんな風にしてしまう爆豪さんが嫌い。
「私は爆豪さんが大嫌いです」
その言葉を切っ掛けに次々と言葉が零れていく。
「不器用そうなのに器用になんでもこなす、そういう所が嫌い。あと、鋭いその赤い目で私を見透かすように見るのも嫌い。壊れ物を触るような手つきで私を触るその手も嫌い。優しい声で私の名前を呼ぶ爆豪さんの低い声も嫌い。私を撫でるその大きな手が嫌い」
「おまっ、それそんな顔で言っても意味ねぇぞ」
どんな顔をしているの?
「俺が欲しくてたまらねェって顔」
嬉しそうに私の手を取り、道路に寄りタクシーを止める。それに乗り込み気がついたら集合住宅の前についていて有無を言わせる間もなく、爆豪さんが私を自分の部屋に押し入れた。
「ば、爆豪さんっ」
「名前呼べよ」
玄関の扉に背中があたる。爆豪さんが私の手首を扉に押し付けて身動きが取れない。耳元で囁かれ息が耳を掠める。
「ゃ…」
「呼べよ椿」
「ん…か、つにぃ」
かつ兄。私がまだ学生だった頃彼をそう呼んでいた。もう呼ぶことはないと思っていたその名前は呼ぶだけであの時の気持ちを思い起こさせる。
それだけ爆豪さんが好きだったのだ。
「かつにぃ、かつに、い」
「んな、顔すんな」
爆豪さんは切なそうに顔を顰めて、私の首に噛み付く。じんわりとした痛みがしたと思ったらぬるりとしたものが首に触れる。
「……っ」
「なぁ、俺の名前を呼べよ」
肩口に触れる息が熱い。爆豪さんが触れている場所が熱をあげて頭の奥から思考が溶けていく。
「かつ、ん…かつきさ、」
「よく出来ました」
私の肩口から顔を上げた爆豪さんはくしゃりと笑う。その表情に引き寄せられるように無意識に手が伸びた。私の掌が爆豪さんの頬に触れると、爆豪さんの大きな手が私の手に触れて重なる。
爆豪さんが目を閉じて私の掌に頬を擦り寄せる。滑らかな肌が掌に直接伝わる。
ゆっくりと閉じられていた瞼が開き鮮やかな赤い色の瞳が私を射抜く。
爆豪さんこそ物欲しそうな目をしている。情欲の色が見え隠れしている。
私が欲しいの?
欲しいのなら強請って欲しい。
そしてもう私の前からいなくならないで欲しい。
「私が欲しいんですか?」
「…言うじゃねぇか」
「あげますよ。貴方が望むだけ、全部…でも」
その代り貴方をください。
近づく爆豪さんに囁くような小さな声で言った言葉は伝わったのだろうか。
きっと伝わった。
そうだよね?勝己さん?
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