感傷に浸る暇は




朝、いつも通りに職場に行き制服に着替えてパソコンに向かう。あの人と一線を越えてから数日経ったが爆豪さんは忙しいのかすれ違うような生活をしている。それがいい事なのか今の私には分からない。

目の前の画面を見つめながらキーボードで文字を打ち込むと机の上にマグカップが置かれ、お礼を言おうと顔を上げると男性同期が立っていた。

「ありがとう」
「いや、朝から精が出てるな」
「そうかな」

あの人も頑張っているんだから私も頑張ろう。なんて思ってはいない。自分に出来る仕事をいつも通り淡々と熟すだけだ。

「そういや、爆心地帰って来たな」
「…そうですね」

帰って来たって、爆豪さん今まで違う場所にいたのだろうか。駄目だ。ヒーローに関する情報があまりも持っていなさすぎる。

「あの、その爆心地さんって何処かに行ってたんですか?」
「瀬戸さん知らないの?あの人暫く長期出張でいなかったんだよ。それが終わって帰って来たんだ」
「そう、なんですか」

それならどうして彼はあの時、私にそうだと言ってくれなかったんだろうか。確かに私に職業すら教えてくれなかった。だから教えられなかったのかもしれない。でも、私は教えて欲しかった。





心を無にして仕事をしようにもその事ばかり考えて、いまいち集中できない。やっぱりあの人はいつでも私の心を掻き乱す人だ。
溜息を吐いて深呼吸をする。まずは爆豪さんの事を忘れよう。目の前の仕事に集中しよう。

「見て見て!今月号爆心地の特集組まれてる!!」
「そうなの?絶対に買わなきゃ!」
「ショートも良いけど爆心地も良いよね!」

分かる!なんて女性社員が頷いて言葉を続ける。

「爆心地って彼女とかいるのかなぁ?」
「あー、どうなんだろう…いなさそうだけど」
「いるとしてもかなりの美人だよね」

美人じゃなくてすみません。

謎の罪悪感にキーボードを打つ手が止まり、椅子の背凭れに体重をかけて天井を仰ぐ。肩に入っていた力を抜こうと息を吐き出す。

爆豪さん、人気なんだな。

女性雑誌の特集を組まれたりするくらい人気が高いのか。確かに顔は格好いいとは思うし、ヒーローやってるだけあって体もよく鍛えられているし、身体に出来た傷跡だって爆豪さんの魅力を引き立てる。

「って、何を考えてるんだ私は…」

今度こそ集中しないと。

軽く両頬を叩いて気合を入れ直し、定時で退社した。とぼとぼと歩く私はさぞ疲れきった社会人といった感じだろう。自分でもそう思うのだから他人から見てもそうに違いない。

家に着き玄関を開けてお決まりのように疲れたと言葉を吐き出す。

ソファに腰掛けてふと思う。私は爆豪さんの彼女なのかと。いや、確かになったのだが、本当にいいんだろうか。そもそも彼は忽然と消えてまた私の前に現れた。となるとまた彼は、爆豪さんは私の前から消えるのだろうか。そしたら私はまたあんな辛い思いを…いや、気持ちが結ばれた今あの時とは比べものにならない程辛い思いをしないといけないのだろうか。

「それだったら一層の事突き放してくれた方がよかった」

今も尚繋がりは爆豪さんの部屋の鍵だけだ。連絡先も知らない。それしかない。

重たい腰を上げて夕ご飯を作り、お風呂に入ってまたソファに座る。このままここにいると寝てしまいそうだ、と思いながらソファに横になっているとチャイムが連打され、その音が五月蝿くて眠気も覚める。

こんな事するのは爆豪さんしかいない。

多少のイラつきとあの時以来という緊張を持って確認もせずに玄関の扉を開けると、案の定爆豪さんが立っていた。

「…なんですか?」

爆豪さんは無言で私を抱き上げて隣の部屋に向かう。なんですかと抗議しても取り合ってくれず、彼の部屋につきベッドに降ろされる。

「寝るぞ」
「へ?なんで…?」
「いいから」

有無を言わさず私を押し倒し、爆豪さんは着ていた服を脱ぎ捨てて私の隣に横たわった。

「爆豪さん!なんか服を、服を着てください!」
「うるせぇ」

爆豪さんは相当疲れているのか口数も少なく、覇気もなく心做しか怠そうだ。そんな爆豪さんに向かってこれ以上何も言えず黙っていることにした。
暫くすると聞こえてくる寝息に、本当に寝るだけなんだとホッとする。
なんで私までここにいるのかはわからないが、彼が私を必要としてくれたのだとしたらそれは素直に嬉しい。

上下する胸の動きが私の眠気を誘い、ゆっくりと目を閉じた。


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