こんな時だけ言葉足らず
その後というものお酒が回ったのか、疲労なのか分からないが気がついたら私は朝を迎えていて、何事もなかったかのように衣服は整えられていた。
夢、だったのかな?
きっとそうだ。悪い夢に違いないと何度も頷き、無理矢理消化し気だるい体を起こして居間に行くと、昨日にはない、いい匂いがする。それがなんなのかわからずに台所に足を進めると、小さな鍋の中にスープが入っており、それがいい匂いの正体だった。
昨日はスープを作ってないのに、ここにあるってこと…は。
「かつ兄が作ったの…?」
そうとしか考えられない。ぐぅとお腹の虫が鳴り本能に従うままに鍋に火をかける。湯気とともに食欲をそそる匂いが台所に充満し、耐熱カップにそのスープをお玉で入れる。
昨日爆豪さんと向かい合って食べた食卓テーブルに一人座って、爆豪さんが作ったスープをスプーンで掬って息を吹きかけて一口をゆっくり口に入れる。
「おいしい…」
自然と漏れた声は誰に拾われずに居間に溶ける。
夢中になりカップの中身を綺麗に平らげた。
「私よりも料理上手じゃん」
不器用そうなのに、器用になんでもこなすあの人のそういう所が嫌いだ。あと、鋭いあの赤い目で私を見透かすように見るのも嫌いだ。壊れ物を触るような手つきで私を触るその手も嫌いだ。優しい声で私の名前を呼ぶその低い声も嫌いだ。
「嫌いだもん」
嫌いなんだ。私はあの人が嫌いなんだから。
美味かったと恥ずかしそうに伝える爆豪さんの顔がチラついては消えていく。
何か、お礼をした方がいいのだろうか。それともお礼を伝えるだけでいいのかな?
私の仕事は完全土日お休みで今日は土曜日だ。時間はいくらでもあるが向こうがそうなのかは分からない。ヒーローと言っていたし仕事時間なんてあってないようなもんなんだろうか。
向こうの事情を知らない私が考えあぐねた所で何も答えなんて浮かばない。一旦考えることをやめてお風呂に入ろうと立ち上がり、着替えを持ってお風呂場に向かい人肌よりは熱いお湯を浴び上がる。
暇つぶしにと適当なニュース番組を流すと何処も彼処もヒーローについて取り上げていて、普段はチャンネルを変えるところ、気紛れに、本当に気紛れに見続けた。
爆豪さんがヒーローだからとかって理由じゃないし。世論に遅れないようにだし。
誰に対しての言い訳なのか、と独りごちて溜息を吐いてしまう。
饒舌に今週起こった出来事を語るニュースキャスターさんを耳に受け流しながらスマホを弄っていると、爆豪さんによく似た声の叫び声が聞こえた。
テレビに目を向けると、割と悪人面で両掌を爆発させながら器用に空飛んで敵(ヴィラン)に向かって叫んでいる。
「爆心地さん、この日の敵捕縛も鮮やかでしたね」
「そうですねえ。彼の世代のヒーローは沢山いて皆さんそれぞれ活躍してますが、彼とデクさん、ショートさんなんかは抜きん出て活躍されてますね」
これからの活躍にも期待が高まりますね。
そう言って番組は変わり、お天気のニュースになった。
目元が黒い布で覆われていたが確かにあの人、爆心地?さんは爆豪さんだ。間違いがない。あの人こんなにも有名なヒーローだったのかと感嘆の声を上げてしまった。
「なんでそんな人が私にあんな事を?」
やっぱりアレはただの気まぐれだったんだ。
そんな時、手に持っていたスマホが振動して、私にメッセージが届いた事を知らせてくれた。タップしてメッセージを見ると、高校からの友人が今夜飲みに行かないかと誘ってくれて、私はそれを快く快諾し、メッセージを送ると時間と場所が送らてきた。
準備がいい。予め決めていたんだろう。
待ち合わせ時間に着くように私は家を出る。お店の前には久々に会う友人の顔があり、近づいて声をかける。
「お待たせ」
「ううん、それより椿ごめん!!」
「何?」
「今回の飲み会実は合コンなの!人数どうしても集まらなくて…こんなの頼めるの椿しかいなくて!」
えっと、つまり私は。
「騙された?」
「本当にごめん!!ただ酒飲んでくれればいいから!お願い帰らないで!」
あんまりお酒も強くないし、知らない人と話すのは苦手だけど、ここまで頭を下げるんだから今回だけは付き合おうと決め声をかける。
「今回だけね。あとちゃんと奢ってよ?」
「っ!勿論!」
ありがとうとお礼を言って抱きついてくる友人を宥めて中に入ると、既に皆揃っているようで視線が私に集まる。
「えっと…」
「じゃあ紹介するね、瀬戸椿!私と同い年なの」
「それじゃ皆揃ったし乾杯しようぜ!」
私含めて男女それぞれ3人づつの6人がほぼ完全個室に収まって各々好きなように喋っている。適当なところで帰ろうと思っていた私はあまり深く話すこともなく、ただお酒を口に運んでいると誰かが私の隣に座った。
「ねぇ椿ちゃんってお酒好きなの?」
「…苦手な部類ですかね。味が苦手で」
「そーなの?そしたらおすすめのお酒あるよ!」
人の良さそうににこやかに笑う男の人はいくつか私にお酒を勧めてくれて、その中でも飲みやすそうなのを選び、ちびちびと飲む。その間ずっと男の人のマシンガンのようなトークが炸裂してて、最早口を挟む隙もない程だった。彼が饒舌に話すないようには個性の事もあり、無個性の人達がいかに可哀想なのかを話もしていて、聞いていてあまり気持ちのいいものではなかった。幸いなのは私に話を振ってこない事だ。
どうしたものかと、その人を苦笑いしながら見ていると、男の人は急に黙り床に投げ出している私の手を握る。
何だこの人は。
「椿ちゃんこのあと俺と抜け出さない?」
「…私お手洗いに行きますね!」
熱っぽいその人の視線を振り切り、逃げるようにお手洗い駆け込んだ。
本格的にどうしよう。もう今日は帰るって言おうかな。あの人には悪いけど皆盛り上がってたし帰ってもいいよね?
ポケットからスマホを取り出し友人にメッセージを送るとすぐに既読がつき、大丈夫かと心配されてしまった。
ここにいても仕方ない。私はお手洗いから出て個室に戻ろうととぼとぼと歩いていると、マスクをつけた人相の悪い男の人とすれ違った。
あの人もしかして。
なんて思い浮かべるより腕が引っ張られた。
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