思い出にはしたくない
爆豪さんに初めて会ったのは私がまだ学生の頃。制服を着てスクール鞄を肩に下げて友達と学校と家という狭い範囲を自分の世界の全てなんだと思っていた幼い頃に遡る。
両親が再婚して家に居ずらく、そんな私を受け入れてくれたのが爆豪さんだった。初めて見た時は見た目も言動も怖くて普通にヤンキーだと印象を違和感なく覚えた。
見た目に反して爆豪さんは私を優しく自分の部屋に迎え入れてくれ、勉強など見てくれた。
そのうち部屋の鍵を渡してくれて自由に入って来いと言ってくれるようになった。しかも私の親にまで挨拶をしてくれたのだ。
5つ歳上の爆豪さんは大体家を空けることの方が多く、また出かける時間帯も不定期だった為なんの仕事をしているのかを聞いた時、彼は知らなくていいと答えた。なんでそう答えたのかは今でもわからない。
流星群が綺麗に見える日は外に出て一緒に眺めてくれたりもした。ゆっくりと私達は惹かれていったんだと思う。この人の隣は安心できるものだった。
だから初めてキスをしたあの日、私達の気持ちは同じだったのだと嬉しくなった。
でもそれは長くは続かなかった。ある日いつものように爆豪さんの家に行くと爆豪さんは少しだけ寂しげな顔をして私を迎え入れてくれ、力強く抱きしめ何度も私の名前を呼び口付けた。
その日を境に彼は忽然と私の前に現れることはなかった。初めからその人はいないんじゃないかと思う位に全てがなくなり、唯一の繋がりであった彼の部屋の鍵さえもなくなっていた。
それからは私は爆豪さんの事を忘れようと、この恋心は錯覚なんだと、私は爆豪さんが嫌いなんだと思い込むようにして傷を癒していった。
それなのにこの人はまた私の前に現れた。そしてまた私の心を奪っていく。こんなにも心を掻き乱されても私はきっと、この人しかいないんだろう。
私を抱き締めるようにして、寝る爆豪さんの顔を見つめているとゆっくりと彼の目が開く。
「おはようございます」
彼は無言のまま胸に顔を埋めるように私の方に擦り寄り、背中に回していた手に力を入れる。
「んん、擽ったいです」
「うるせぇ」
この甘ったるい空間が不思議に感じる。あの時の事を考えるとこの状況が考えられない。
「爆豪さん、起きてください」
「…名前、敬語」
それは気恥しいから遠慮したい。
「歳上だし、遠慮したいです」
掠れた声が妙に艶があり色っぽい。胸に埋める爆豪さんの頭を抱き締めると彼は更に擦り寄ってくる。
「あの、どうしてまた私の前に現れたんですか?」
聞いてはいけないことなのかも知れないが、聞かずにはいられない。だけど爆豪さんは答えてはくれなかった。
なんで答えてくれなのかを追求してもいいものなのかと迷い、追求しないことに決めた。いつかなにかのタイミングでまた聞けばいい、と思ったからだ。
そんな時、ベッドの脇に置いてあった爆豪さんの端末が小刻みに震えながら音が鳴り、電話がかかってきた事を知らせると、私の腕の中で横たわっていた爆豪さんは慌てて起き上がり端末を手にして誰かと通話をし始めた。
聞こえてくる単語は、私の耳に馴染みのない言葉ばかりで何のことを言っているのか分からなかったが、彼は慌てて服を着て出かける準備をする。
「椿!」
「はいっ」
その様子を起き上がり掛け布団で身体を隠しながら唖然として見ていると、急に名前を呼ばれ焦って返事をしてしまった。
何も私が慌てても意味がないのに…。
そんな私をお構いなしに爆豪さんは何を私に向けて投げる。両手を伸ばしてそれを掴み見ると銀色に光る鍵がそこにあった。
「これっ!」
「好きな時に入って来い。あと今日はここにいろよ」
それだけ言うと爆豪さんは慌しく部屋を出て行ってしまった。
何だったのだろうか…。
ポカンと爆豪さんがいなくなった部屋を見つめること数秒。このままではいけないと軽く服を羽織り爆豪さんの部屋を出て行き、自分の部屋に戻った。兎も角シャワーを浴びたい。それからまた部屋に戻ろう。
少し熱いシャワーのお湯を浴びて出てくる頃にはぽかぽかになり、服を着て髪をタオルドライしながらソファに座りテレビをつける。何か事件があったようでニュースで生中継をしていた。
詳しくはわからないが、路上で敵(ヴィラン)が複数で暴れているのだろう。アナウンサーが必死に状況を説明しているが、それでも耳に入ってこない。入ってくるのはあの人の、爆豪さんの叫び声だけだ。
両手を激しく爆破させながら敵を倒しているその勇ましい姿は、私の知っている爆豪さんとは少しだけ違くて、それでも爆豪さんだと納得出来る。的確に正確に確実に敵の弱点つくその戦闘スタイルはあの人の性格そのものだ。
あっという間に敵を捕縛した爆豪さんに黄色い声援が届く。カメラマンさんがその声援を出してる人たちを映し出しアナウンサーさんが、爆心地さんは人気が高いですねぇ。と和やかに、けれどどこか爆豪さんを茶化すようにコメントを残した。
テレビ画面に映し出された人はどの人も綺麗に、可愛く自分を着飾っている。対して私はそこまで可愛いわけでもなければ自分を着飾ろうともしない。外見で判断するわけじゃないが、こんな女の何処がいいのだろうか。
爆豪さんはどんな服装が好みなんだろうか。
「爆心地さん、スピード解決でしたね」
アナウンサーの言葉にはっと意識を戻して、軽く胃に物を入れ歯を磨き部屋を出て隣の部屋に入る。貰った鍵を使って鍵を開けるのは僅かに緊張する。小声でお邪魔しますと声をかけ中に入ると当たり前だが誰もいない。
中々に居づらいこの空間に馴染もうと、リビングの黒革ソファに座りスマホを弄る。友人からメッセージが届いていて昨日の人は誰なんだと詳細を求めるような言い回しに、なんて答えるべきなのか悩んでいると、追加でメッセージが届く。
“最近通り魔が出てるらしいから気をつけてね!”
そうなの?ありがとう。と送り画面を暗くさせる。
通り魔か…。
そう言えばそんなのローカルニュースでやっていたような気がする。今の所襲われた人に共通点はなく、無差別で襲われるらしい。
明日は我が身なのかもしれないなんて思いながら何気なく窓の外を見て時間を無駄に過ごしていると、ガチャガチャと玄関から家の主人が帰ってきた音がする。
「おかえりなさい」
玄関まで迎えにいくと疲れた様子の爆豪さんがいて、大丈夫かと声をかけるも返事はなく腕を引っ張られ抱き締められた。
「爆豪さん?」
「髪少し濡れてんな…けど匂いが俺ん家のじゃねーな」
「それは自分の家のシャワーを浴びたから…」
「てめぇ部屋から出たのかよ」
隣の部屋に行くくらいいいじゃないか。
この部屋に戻ってきたわけなんだから。
飽くことなく私を抱き締める爆豪さんの背中に腕を回すと、痛いくらいに抱き締められる。まるでこの人の方が私を離し難いみたいに思えるのだ。
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