あなたの隣はひどく甘い
微睡みから目を覚ますと見慣れぬ天井があり、顔を横に向けると寝息を立てている爆豪さんがいて、少しだけ安心した。前に一緒に寝た日は爆豪さんは隣にいなかったから。
このままもう少しだけ寝ていたいが、仕事がある為そんなことをする訳にはいかない。爆豪さんを起こさないようにそっとベッドから出ようとしたが、爆豪さんはあっさりと目を覚まし私の顔を見つめる。
「どこに行くんだよ」
「仕事に行く準備をしようかと」
「そーかよ」
爆豪さんは起き上がり欠伸をしながら片手で後ろ髪をかく。その姿でさえ様になるのだからこの人は狡い。
その後私は自分の部屋に帰ろうと爆豪さんに声をかけると、私の話を聞いているのか、いないのかわからない爆豪さんはリモコンを取りテレビをつける。ニュース画面が映りアナウンサーの方が通り魔事件について語っていた。なんでも犯人は複数人いる可能性があるのだとか。
「…お前普段何時に帰ってくんだ?」
「基本定時だから…6時手前位には」
「残業する時は連絡寄越せ」
爆豪さんは私に手を差し伸ばすのでそれに自分の手を乗せると、違ぇだろ。と一蹴され、揶揄うように笑う。
「スマホだよ」
「あぁ。えっと…あった」
ポケットに入っていたスマホのロックを外して渡すと爆豪さんは指をスライドさせて何かをしていた。見られて困るようなものは入っていないが、何をしているのか気になり画面を覗こうとすると、ポイッとスマホを返される。
スマホ画面を見ると爆豪勝己と名前が入っていて、電話番号とメールアドレスが記載されていた。
これって…。
「いいんですか?」
「あ?」
「私に教えてくれていいんですか?」
「てめぇは俺の女だろうが。教えて何が悪い」
あの頃出来なかった繋がりに全身が喜びに震える。何度も爆豪さんに向かってお礼を言うと、彼は顔を逸らして、単純なヤツ。と言った。その頬は微かに赤くてそれが伝染するように私の頬に熱が集まる。
このままゆったりとした時間を過ごしていたいけど、出勤時間が迫っているからもう出ないといけない。
「仕事あんだろ。はよ行けや」
「あの、本当にありがとうございます!」
もう1度頭を下げて足早に部屋を出て自分の部屋に戻る。心臓が大きく動き鼓動を鳴らす。それが甘くてそれなのに少し辛くて苦しい。
あの人と一緒にいる時は側にいてくれるんだ、と安心出来るのに1人になると急に不安になる。このままじゃだめだ。私の不安が爆豪さんを潰してしまうかもしれない。それに私は結局あの人と結ばれないのだから。
「無個性だから…私はきっとこの先を期待されない」
やっぱり、私はこの身を憎く思う。
どんなに綺麗事を言われようが、無個性な事には変わりないのだから。
1人で考えては落ち込みながら仕事をしていた所為か定時で終わらず残業する羽目になってしまい、普段よりも遅い時間になってしまい今は20時だ。
「上司の話長すぎだよ…」
セルフ落ち込みしてたのと運悪く話が長いと有名な上司に捕まってしまいこの時間だ。残業したら連絡を寄越すように爆豪さんに言われたが、もしかしたら彼は今ヒーロー活動中かもしれない。
ここからそう遠くないし、電話ではなくメールにしようと思いスマホの画面を明るくさせメールを歩きながら送る。
手にスマホを握り歩くこと数十分。スマホが震え、画面を見ると爆豪さんから着信が入っている。通話にスライドさせるといきなり怒鳴られる。
“テメェ今何処にいる!”
「えっと、説明しづらいです。周りに目立っ建物がなくて…」
“コンビニもねぇのか?”
「はい」
爆豪さんは暫く間をおいて位置情報を寄越せといい、なるべく人通りの多いところに出ろと言った。
「わかりました」
何をそんなに不安になっているのだろうかと、首を傾げつつもそのまま位置情報を爆豪さんに送る。位置的に自宅までそんなに遠くはない。
“このまま俺がそっちに行くまで繋いどけよ”
「はぁ」
気の抜けた返事をして怒られてしまったが、言われた通りに電話を続けながら人通りの多そうな所に歩き出したその瞬間誰かに背後から腕を回され、口元に布を当てられる。
「きゃっ!!」
“おい!!どうした?!”
耳元から爆豪さんの声が聞こえるが、それどころじゃない。後から羽交締めされているこの状況をどうにかせねばと暴れると頭を殴られ、その勢いのまま地面に伏せる。
「痛っ!」
“状況を言え!!”
「たす、け…っ!」
私が地面に伏せた事をいい事に殴ったその人は私の上に馬乗りになり、私と口を覆うように先程の布を当てる。甘ったるいその匂いに顔を逸らそうとするも上から押さえ付けられて身動きが取れない。そして、通話が切られたのか爆豪さんの声が聞こえない。
そして、その時にあのニュースを思い出したのだ。
“連続通り魔事件の犯人は複数いるという情報がはいってますからね”
私、もう死ぬのかも知れない。
「おい、早くしろよ」
「哀れだよなぁー。俺達みたいのに目ぇつけられて」
「はなっ、し…」
ぽんやりとする意識で必死に抵抗するも、抵抗になんてならず、馬乗りになっている男は厭らしく笑い私の服を勢いよく捲る。
「やっ!!」
「黙ってろ!!」
大きな声を出して抵抗をすると、勢いよく頬を叩かれる。その痛みで奥歯を噛む。
「もうそろそろいいんじゃねぇか?」
「…あぁ、薬も効いてきただろ」
薬?何のことだ。
そう思った直後身体が奥から熱を持ち始める。知らない感覚に戸惑い涙が出る。
「はっ、その表情いいねぇ」
馬乗りになっている男が顔を近づけて、目尻に溜まる涙をその舌で舐めとる。
「ぁっ、」
嫌なのに、それなのに身体が反応する。
なんで?!どうして?!そんな言葉が頭の中を埋めつくしていく。
助けて、爆豪さん!助けて!
「しっかし、コイツ無個性か」
「個性持ちならここまですんなり行かねぇな」
「お前とことん可哀想だなぁ?」
顕にされた肌に男の人の手が這う。気持ち悪いのにそれでも反応してしまう自分が悔しい。抵抗出来ない自分が悔しい。
無個性の自分が悔しい。それでも私に出来ることはある。
「助けて!!」
お腹に力をぐっと入れて渾身の叫び声をあげる。殴られてでもいい。それでもこの声があの人に、私がなりたかったヒーローの元に届くのならそれでいい!
目を瞑って痛みを待ち構えていたら、私の上からのしかかっていた重さが消えて男性の、苦痛の声が聞こえる。
何があったのかと目を開けると、人を殺しそうな程鋭い目を吊り上げた爆豪さんが月を背に立っていた。
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