気づきたくない想いがある


LITTLE MERMAID





図書館で読み耽ることが多くなった。ルートルさんは手間が省けたと喜んでいたがそんな事が気にならないくらいに本の虫となっていた。

どうしてこの少女は青年に胸を高鳴らせているのか。
どうして冒険者はこんなにも勇敢なのか。

数ある本の中から私は所謂物語と呼ばれる本に興味を持った。本の数だけ未知なる話があり未知なる感情がある。そんな魅力に引き込まれる。

恋とは、愛とはなんなのだろうか。

私はいつか彼らのような感情を知ることが出来るのだろうか。




「コハル」

日当りの良い席で本を読んでいると耳に慣れ親しんだ声が聞こえ振り向くとショート王子が立っていた。ここ最近のショート王子は柔らかく笑うようになった。それは外の世界の影響を受けたからだろう。私と出会った時は無表情が多くて笑ってくれるもののその頻度は少なかった。が今は私の名前を呼んではこうして微笑みかけてくれる。

カナさんと逢瀬を重ねてからはショート王子は本当に変わられた。でも同時に思いつめたような、自嘲する表情も増えた。何がショート王子にそんな表情をさせるのだろうか。私ではその何かを解決出来ないのだろうか。
カナさんは解決出来るのだろうか…。

“どうされました?”
「気に入った本はあるか?」

私の前にある椅子に腰掛けてショート王子が私に問いかける。沢山ありすぎて返答に困る。
いくつかの本を手に取りどの本がお気に入りかを考えているとショート王子がくつくつと声を押し殺したように笑った。

「悪いな。貸出もできるから気にった本を部屋に持って行くことも出来るぞって言いたかったんだが」

成程。そういう事だったのかとすぐに納得した。

“ありがとうございます”
「俺はもう行く。ここにはコハルの顔を見に来ただけだからな」

それは、どういう意味なのだろうか。
どんな意味を持つのかを考えるよりも早く心臓が大きく跳ねた。それは嫌な感じではなく寧ろ心地良さまで感じる。

この気持ちは何?

それじゃ。と言って王子は立ち上がり図書館から出ていき、私は本の続きを読む気力にもなれずにただ窓の外を眺める事にした。窓ガラスに写った私の頬は幾らか赤く染まっておりそれはまるで。

あの物語の少女のようだ。

「コハル様」

最近聞き慣れた声が聞こえ、視線を声のする方に向けるとルートルさんが立っていた。

「ここで読書をするつもりがないなら適当な本を持って自室に行きましょう」

“わかりました”

きっと彼は私を部屋に戻して自分の与えれた仕事をしたいのだろう。だから本を持って部屋に帰れと言っている。
ご最もだと頷き、車椅子の車輪に手をかけて移動する。
扉を押さえるルートルさんの目の前を通り過ぎ部屋に戻った。

「僕はこれで」

“待ってください”
「まだ何か?」

仕事に戻ろうとするルートルさんを引き止める為に裾を引っ張ると、彼は煩わしそうに顔を顰めた。
申し訳ないがどうしてもこの気持ちが何なのかを知りたい。

これはあの少女が青年に抱いていた気持ちと同じなのかを。

“私は私の感情がわかりません”
「人形だからか?」

その言葉にルートルさんを睨みつけると、彼は鼻で笑って両手をあげた。降参といったポーズだろうか。

「冗談だろ。それで?」

“ショート王子といると心臓の動きが早くなるんです”
“でも、時々辛くなるんです。これってなんでですか?”
“コレってこの少女と同じ気持ちなんですか?”

ルートルさんは指を顎に当てて何かを含んだように笑う。その意味がわからなくて首を傾げると彼は何かを含んだように笑った。

「それは貴方が自分で見つけるものなんじゃないんですか?僕が正解を言ったところで貴方は納得しないでしょ」

呆れたようにそう言って今度こそルートルさんは部屋を出て行ってしまった。その背中をもう1度引き留めることは出来なくて私はパタンと閉じる扉を見つめる事しか出来なかった。

ルートルさんの言っていたことは正論だ。私が私の気持ちを認めなきゃ私は納得しない。薄々この気持ちに名前がある事がわかってる、わかってて私は認めたくないんだ。

だって、この気持ちに名前をつけてしまったらきっと私は涙を流さずにはいられないだろう。

ショート王子は私を本当の意味で愛してはくれない。人間に恋をしてもらって愛してもらわなければならないのに。

足の低いベットに乗って膝の上で持ってきた本を開く。指で文字をなぞり少女の心情を追いかける。

(この気持ちが恋と言わないのならばなんと言うのでしょうか)

違う。私のこの気持ちはこの少女と同じものじゃない。

…でも、どうしてこんなにも心が痛むの?どうしてこの気持ちを抱いてしまったの?

ショート王子が私の髪に触れる時、頬に触れる時の暖かくて大きな手が心地よさに、偶に見かける真摯に仕事に取り組むその真剣な瞳に、書いて会話する私を黙って待ってくれる優しさに、どこかに出かける度に私と行きたかったと言ってくれるその微笑みに気が付かなければ、そうすればこんな思いはしなくてすんだのに!

開いた本を閉じてベッドの端に追いやり、シーツの海に身を投げだす。
自然と頬を伝うそれを拭うこともしないで目を閉じる。このままこの涙と一緒に私の気持ちも流れてしまえばいいのに。



どの位目を閉じていたのかはわからないが、窓の外はすっかり暗くなっており月明かりが海を僅かな光で照らしていた。

「コハル…」

人がいるとは思わなくて声のした方に勢いよく振り向く。暗い部屋の中ベッドサイドの蝋燭の灯りだけが唯一の明かりで、その灯りがゆらゆらと私の名前を呼んだ人物の姿を照らしている。半分より赤い髪を更に赤くさせもう半分の白い髪をオレンジ色に変色させ心配そうな瞳で私を見つめている。

「泣いていたのか?」

まさか寝ている時まで泣いているなんて思わなくて、頬に伝う涙を指で拭うとその手をショート王子が取った。強い力で握られた私の手は悲鳴を上げていて眉間の皺を深くして顔を顰めるも、ショート王子は下を向いている為私の表情に気が付いてくれない。腕を振り払いたくともショート王子の力が強すぎてビクともしない。

「俺は…」

震えながら呟かれた言葉は最後まで聞き取れなくて空気に紛れて消えて行った。