進みもしない状況


LITTLE MERMAID





何事もなかったかのように日常を過ごせる訳もなく、私だけが気まずい日々を過ごした。ルートルさんは私達のあの夜の事を知る訳もなく、ショート王子は何事もなかったようにいつも通りに優しく接してくれる。ただ1つ違うのはあの夜以降私とショート王子は身体の関係を持つようになったことだ。つまりあの夜の過ちのまま終わったわけではなく日を開けたり開けなかったりして行為を重ねていた。

果たしてそれが許される行為なのかはわからない。
あの行為が何を意味をしているのかもわからないが、私はショート王子の何になったのだろうか。
私は私の尊厳を、誇りを今もまだ大事に抱えていられているんだろうか。

いつもと変わらない日を過ごしていたある日、私はこの城に、この国の王に仕えている臣下たちの噂話を耳にした。それは今の私とショート王子を表現するには何かがずれていて思わず首を傾げた。

王子が部屋に囲った人形を寵愛している…か。

ショート王子は私を囲っているわけでもないし、寵愛しているわけでもない。
どちらかと言わればきっと私は身代わりだ。ショート王子が想っているのはあの教会の修道女だ。王子はよく彼女の話をする。どこか懐かしそうで偶に遠い目をしながらカナさんの話をしてくれる。きっとショート王子が寵愛しているのは私ではなくカナさんだ。

やっぱりこの感情には気が付きたくない。このまま気が付かなければ胸の痛みの理由を知らずにいられるのかもしれない。でも胸が痛んでいる時点でもうダメだよね。

こんな形でこの感情に名前をつけたくなかったな。

そう思っていても痛い程私の胸の奥は愛されたくて叫んでいる。
カナさんではなく私を見て欲しい。
私だけを見つめていてほしい。

この感情はあの物語の青年に恋する少女と同じ感情なのだろう。あの2人はハッピーエンドで終わったけどこの恋はそんな終を迎えることはない。

「コハル?」

臣下の噂話の事を考えながら私の腕は勝手に動いていたらしく、気がつけばあまり来たことがない場所まで来ており、挙句の果てにはその醜態をショート王子に見つかってしまった。

「どうかしたのか?」

なんて答えようか迷い視線を泳がせていると、ショート王子は小首を傾げて私を見つめる。

“考え事をしていたら迷ってしまいました”
「何かあったのか?」

“大したことじゃないんです。ただ次に読む本は何にしようか迷ってしまって”
「気が付いたらここにいたのか」

黙って頷くとショート王子が柔らかく笑って私の乗っている車椅子を押してくれた。
執務の途中なんじゃないかと慌てて振り向くも、ショート王子は口の端を緩くあげて笑っており、私の事に気が付いているもののあえて見てないフリをしているようだ。

そのまま部屋まで送ってもらって何度も頭を下げて声を出さずにお礼を表現すると、ショート王子は私の額に唇を落として帰って行った。そのキスはどんな思いが込められていたのか気になって仕方がないが、きっと大した意味なんて込められてないんだろう。



その日の夜私は1人で夜を明かした。
朝使用人の方が私に朝ごはんを持って来てくれる。それを私は残さず食べて紙にお礼の言葉を書いて待っている使用人の方に見せる。すると使用人の方は首を横に振って、仕事ですから。と答え空になった食器を持って下がってしまった。着替えを先程とは違う使用人の方に手伝ってもらいながら身だしなみを整えてルートルさんが来るまでベッドに腰を掛けて待つ。大分前に実は歩けるんじゃないかと思って立ったことがあるが案の定立てるわけがなく足の裏の激痛ですぐに膝をついた。

使用人の方は皆出て行き、あとはルートルさんを待つだけの状態となった私の所に思わぬお客さんが入って来た。思わぬ客だが珍しくはない客。ショート王子が珍しく朝から私のいる東の部屋を訪ねて来た。

「コハル」

名前を呼ばれたのでショート王子を見ていた視線をそのままに見続けていると、ショート王子は口角を緩くあげて私の頬に手を当てて反対側の方の頬に唇を落とした。挨拶のように軽いそれはあの日身体を重ねた日から時折させるようになったものだ。ショート王子はそのまま唇を重ねる時もあるが今日は頬にキスされるだけだった。

何か用があってこんなに朝早くに来たんじゃないのか。そんな思いでショート王子を見つめると王子は私の視線の意味に気が付いたのか東の部屋に来た意味を話してくれた。

「カナの所に行こうと思っている。お前も行くか?」

カナさんの所には初めて会った時から1度も行った事がない。ショート王子とカナさんが並んでいる所を見ると胸が痛くて苦しくなるから行きたくない。首を横に振って行かない意志を伝えるとショート王子は、そうか。とだけ言って私の頭を軽く撫でて部屋から出て行った。入れ替わりでルートルさんが入って来たかた彼はずっと部屋の外で用事が終わるのを待っていたんだろう。

「噂になっているな。寵愛のお人形さん」

この人は1日1回私を揶揄しないと気が済まないのだろうか。
この人はこの機会を自分のものにしようとするなら兎も角、そんな噂を鵜呑みにする人ではない。だからこそ今の言葉が揶揄しているとわかる。ルートルさんを睨みつけると彼は肩を窄めて両手をあげて余裕そうに笑みを見せた。

「まぁ、寵愛とはいかないでも君は王子に大切に扱われているよ」

それはカナさんの代わりにでしょう?前に彼女に似ているって言われた事がある。その時彼は私を見ているようで私を通してカナさんを見ていたんだろう。

「コハル様はそのままでいなさい。王子は変わられた」

それは私のお陰じゃない。カナさんのお陰なのだから。

ショート王子は私の事を見てくれてはいない。