火のない所に煙は


LITTLE MERMAID





ショート王子と夜の逢瀬を何度か重ね私は宮中の噂の対象になり暫く経った頃、カナさんの所に行って帰って来てからショート王子は私の前に姿を現さなくなった。執務に忙しいとルートルさんに言われていたため会いに行くことも出来ず、私は私の時間を過ごしていたある日ルートルさんが今まで見た事のない表情で私の部屋に入って来た。慌てて入って来た為に壁に扉が当たる音が大きく響く。
こんなに取り乱したルートルさんは見た事がない。

「コハル様!」

“なんでしょうか?”
「良くない噂が流れてます」

それがどうしたというのだろうか?王子の寵愛を受けた人形も中々にいい噂ではないと言うのに。
今更なんなのだと首を傾げるとルートルさんは大きな溜息を吐いて私の座っている車椅子の前に来て片膝を立てて私の手を取った。
今までそんな事をされたことが無くて何があったのかとルートルさんの事を心配してしまう。

「今の貴方は捨てられた人形と呼ばれています」

寵愛から一転して今度は捨てられた人形とは随分言ってくれるが、そんな事はどうでもいい。それがなんだと言うのだ?ますますルートルさんの言っている意味が分からなくて困惑したまま彼の目を見ていると気まずそうに話し出した。

「この噂には続きがあります。捨てられた人形が王子に仇をなそうとしている、と」
「ぁっ…!!、!」
「勿論私は信じていません」

あまりの言葉に声が出ないのに、何を馬鹿な事を!と言いかけ喉の奥が痛くなる。ルートルさんはそんな噂信じてないと言うが、問題はそこじゃない。その噂をショート王子の耳に入っているか否かだ。

“その話しショート王子は?”
「恐らく知りません。ここ最近執務室に籠ったまま出てきておりません」

“そうですか…”
「この噂で貴方の監視が厳しいものになります」

“はい”
「これからは全ての行動に気を付けてください」

わかりました。私はこの時こう答えて極力部屋から出ないように気を付けていた。警戒するようにと言われてから一月も経たないうちに私は、ショート王子に与えられた東の部屋からお城の地下牢に移動されることになった。理由はいつの間にか部屋のサイドテーブルの上に置かれていたナイフを朝食を持って来た見知らぬ使用人の方が見つけた事による、殺人未遂の罪だ。

「コハルがこんなものを持つはずがねぇ!何かの間違いだ!」
「王子落ち着いてください」
「落ち着けるか!!」

王子が何度も私の身の潔白を証明してくれるが、ナイフと言う動かぬ証拠がある為に私の処分は地下牢行に決定した。私を庇ってくれるショート王子に私は何の声もかける事が出来なくて、唯一出来たのはルートルさんにショート王子へのお手紙を託すことだけだった。

地下牢は思ったよりも寒くて、室内に入る採光は海に面している人1人も入れないような窓だけだ。一応開閉できるみたいだけど窓が小さいうえに出た所で下は大海原だから逃げた所で無事に陸まで行くのは難しいだろう。だからこその地下牢なのだろうな。なんて車椅子の上に座ってぼんやり考えていると2人の人間の足音が聞こえる。誰か来たのかもしれないと窓の外に向けていた視線を鉄格子の方に向ける。

「コハル…」

私に会いに来たのは泣きそうな顔をしたショート王子だった。
後ろには槍を持った兵士がいる。きっと私が王子に何かしないかを警戒してきているのだろう。ショート王子はそんな兵士に構う事なく鉄格子の隙間から私に向かって手を差し出す。後ろに控えている兵士はその動きを制す為に声を出すがショート王子はそれを聞き入れなかった。

「コハル来てくれ、頼む」

私は首を縦に振って車椅子でショート王子がいる処に近寄る。鉄格子にぎりぎりぶつからない処まで行くとショート王子が私の手を取ってするりと自分の頬に私の掌を当てた。ショート王子の苦しく歪められている顔に私は何かを伝える手段を持っていない。紙とペンは地下牢に入る前に没収されてしまい、他者との交流手段を失くしてしまった私にはどうする事も出来ない。

私はもう片方の手でショート王子の頬を触って意識を私の顔に向ける。
大丈夫、私は大丈夫だと兎に角伝えたい。
この件は私の事をよく思ってない人物が引き起こしたものだから王子に非がない、と視線だけで伝わればいいのに。
実際はそんな事出来ないから、出来るだけ笑顔を作ってショート王子を安心させようとするがショート王子は苦しそうに笑って私の手を離して私の頬を大きな両手で包み込む。

「待ってろ。必ずここから救い出す」

信じてます。

「それまでは辛いと思うが耐えてくれ…」

大丈夫です。私は本当に大丈夫です。

そんな気持ちが伝わればいいのになんて思っていても声が出ないのだから仕方がない。私はショート王子に向かってもう1度笑って大きく頷く。

「また来る」

そう言って王子は私の頬から手を離して、兵士を引き連れて私の元から離れていく。

そうして今置かれている状況をやっと理解したように思える。初めはくだらない噂からだった。王子の寵愛を与えられる人形と噂が出回ったが真実はそんなものじゃないような気がする。初めて私を体を重ねたその日ショート王子が私に何度も謝っていたしその後も体を重ねたけど幸せとは程遠いものだったように思える。いつも何かを探しているようなそんな表情をしていた。次が最初の噂と全く反対の噂が流れた事から私の周りの状況が一気に変わった。夜中、何者かが私の部屋に侵入してナイフをわかりやすくサイドテーブルに置いて、この日初めて見る使用人の方が私を起こしに来てくれたことでショート王子を殺そうとしていると罪にとわれ地下牢に入れられた。

明らかに誰かの策略のものだが、何故私を狙うのかが分からない。
だって私はショート王子に愛されてない。

そしてふと気づいたのだ。全くもって今この状況は大丈夫ではないことに。

この城に何が起こっているのかを知るには今私がいる場所からはあまりにも遠すぎた。