籠の外から鳴く鳥


LITTLE MERMAID





東の部屋にいた頃とは比べものにならない食事が日に2回与えられる。別にそれに不満を持っているわけでもない。私は今与えられる食事を目の当たりにして、今までなんて贅沢な暮らしをしていたのだろうと身に余る生活に思いを馳せていた。

地下牢に入ってからどのくらいの月日が経ったのかはわからない。目まぐるしく城の中は変わっているのかもしれないし、私なんて最初から存在しないものと扱われているのかもしれない。ショート王子は私を助けてくれると言ったけどそれはカナさんの身代わりが欲しいから助けてくれようとしているのかもしれない。

ダメだ。そんな事を考えてはだめだ。そうだとしてもショート王子は今私の見えないところで1人戦っているのかもしれない。もしそうだとしたら私の今の考えはショート王子への裏切りになる。それだけは嫌だ。

誰かと会話する事もなく、紙とペンが取られた今何かを記すことも出来ない。1人で孤独な時間が酷くゆっくりと過ぎていく。ルートルさんはあれから会ってないし、ショート王子もここには来ていない。
何もすることのない、1人の時間がこんなにも辛く苦痛で疲労するものだとは知らなかった。
1日を小さな窓から海を見て過ごすだけ。事情聴衆とかされるのかと思ったがそんな事は一切なくただ私をここに縛り付けてゆっくりと腐らせていく。
なんて言う地獄なのだろうか。現実逃避した頭が思い返す記憶はショート王子と過ごした楽しかった日々で、ふと目が覚めて現実を見るとかけ離れた世界に涙が零れた。
肌触りの良いドレスが着たいんじゃない。豪華な食事を食べたいわけでも、日がな1日本を読み漁っていたいわけでもない。私が求めているのはただの1つだ。

ショート王子の隣にいたい…!
ショート王子が見る景色を隣で眺めていたい。それだけなのに!

それは私から最も遠いものだった。何をも手放しても欲しいと願ったそれは無情にも色んな人の手によって引き裂かれてしまう。私はなんて無力なんだろう。欲しいものを欲しいと口にすることも出来ないなんてなんて呪われている身体なのだろうか。
自分から望んだ身体は今となっては足枷でしかない。もし、私の脚が歩ける足なら…、私の声が出るのであれば…。そう考えずにはいられない。
涙を数え切れぬ程流して疲れ切って眠った次の日、思わぬ訪問者がやって来た。

「コハルちゃん大丈夫?!」

緑色の髪で頬にそばかすのある幼い顔つきを残したこの少年は、人間になった私が初めてショート王子と会ったその日に会った少年だ。
名前はミドリヤ。と言っていた筈だ。あの時はもう2人いた筈だけど今は彼1人しかいない。

「あっ、えっと突然ごめん。でもどうしても伝えなきゃ行けない事があって」

私が首を傾げて続きを促すとデクさんは言いづらそうに言葉をつまらせながら、城の状況を語ってくれた。

「ショート王子は…婚約者を迎えることになったんだ」

デクさんの言葉に私の全ての思考が停止した。頭の中が真っ白になり耳にはどんな音も入ってこなくなった。
それからの事はぼんやりとしか覚えてない。どうやってここにデクさんが来たのとか気になることはあったが、それどころじゃなくなってしまったから聞けず終いだ。

ショート王子が結婚…。
この言葉だけが頭の中を巡っていく。

私はもうここから出ることはできないんだろうか。もう、ショート王子に会えないのだろうか。

悲しみに暮れる時、小窓に何かが当たる音がした。こんな所に何かが当たるのかと気になり腕の力だけで近寄ると一面の海が広がるだけで他には何も無かった。

気の所為だろうか?
そう思って間もない頃また小窓に何かが軽く当たる音がして、私は小窓を開けた。
するとすぐ下から声が聞こえてきた。聞き覚えのあるこの声は私の姉達の声だ。

「コハル!!」
「アンタ何やってるのよ!」
「1人で飛び出してお父様は悲しんでいるわ」
「お祖母様はショックで寝込んでしまわれた」
「海の者も悲しんでいるわ!貴方の歌がもう聞けないって!だから帰ってきて!!」

それは出来ないと首を横に振ると、姉たちの1人が私に向かって何かを見せた。月明かりに光るそれは私からだと小さくてそれが一体なんかのかがわからない。

「貴方声と足を引き換えに人間の姿になったんですってね。魔女から聞いたわっ!」

そう言って私の方に向かって姉が何かを投げた。ソレは不自然な動きをしながら開けた小窓の中に入って綺麗に私の手元に収まった。
ずっしりと重たいそれはナイフだった。
そして頬にふわりと暖かい風が一瞬触れて離れていった。

なんでこんなものが…。

「コハル!それで王子の心臓を刺しなさい!そうすれば貴方は人魚に戻れるわ!!」

このナイフでショート王子の心臓を刺したら王子は死んでしまう。そうなった世界で私はきっと生きていけない。
だって、最愛の人が自分の手でいなくなるのだから。

心が死んでしまう。

それに何より私はもうショート王子には会えないのだから、このナイフも意味なんてない。

「コハル落ち着いて聞いて。貴方このままだと3日も経たないで泡となって死ぬのよ。でも王子をそのナイフで刺せば貴方は生き続けることが出来るのよ!」
「私たちはコハルに生きていてほしいの!だからそれぞれ大切なものを対価にこのナイフを作ったのよ!」

それから姉達の声は聞こえなくなった。きっと海に帰ったのだろう。

私が死ぬのが先か、私がショート王子を刺すのが先か。

死ぬのは怖い。
死という絶対的恐怖から私は逃げたい。

何としてでも、だ。