いつだって必要不可欠


LITTLE MERMAID





コハルが地下牢に行って暫くは経った頃俺に縁談の話が持ち上がった。そうして俺はこのくだらない芝居のタネに気が付いた。

ようは俺を婚約させたいが為に邪魔なコハルを物理的に遠くに追いやったんだ。そんな事をするのは現国王であるクソ親父の息がかかったものの仕業に決まってる。この城は国王が支配してる城じゃねぇ。俺が俺の為だけに建てた城だ。そんな城には俺に逆らう奴なんていねぇ。
それなのにこんな事が起こったのはそういう事だろう。

コハルに付かせていたルートルから貰ったコハルの手紙は短くて、悔しくて泣きたくなる程に優しい文章だった。

「私のことは気にしないで、ってンなこと出来るわけねぇだろ」
「王子、どうされますか?」

胸の中心がぽっかり穴が空いたような、全身が虚無と呼ぶにふさわしい感覚に襲われている。カナに俺の気持ちを否定された時とは比べ物にならない何かが俺を襲い、抗う術を知らねぇ俺は全身から力なく椅子にもたれかかっている。

「コハル様は今こうしてる間にも苦しまれてるのかも知れませんね」

コハルは俺の助けを待っている。俺はその期待に応えたい。

これ以上俺から大事な人を取り上げないでくれ。

俺は何としてでもコハルをもう1度この腕の中に閉じ込めたい。そして2度離れなくていいようにしてぇ。その為には何だってしてやる。

そもそも俺の婚約者だと言って寄こされた女は俺のよく知る人物だった。コハルにどことなく似てるそいつは遂先日まで教会で修道女だった筈だ。

まさか、女王だったのか…。

そういや国に帰るって言ってたが俺との事が婚約の為だったのか…。となると教会にいたのは俺の事を調べる為か、この国の教養を身につける為かのどちらかだろう。どっちにしろ俺と直接会う予定はなかったんだろうから悪い事をしたな。

だが、婚約の相手がカナで助かった。
アイツは俺の気持ちを知っている。何より俺の感情に気付かせたのはカナ自身だからな。アイツからしたら俺が勘違いしたままの方が良いに決まっている。なのに何故そうしなかったのはわからないが此方としては好都合だ。

「ルートル、カナと会う。準備を進めておけ」
「かしこまりました。コハル様は…?」
「必ず迎えに行く」

コハルを毎朝迎えに行かせていた使用人はその日に限って体調を崩し、新人の使用人に行かせたと言う。だとしたら、朝室内に入りサイドテーブルにナイフを置き、コハルを起こしに来て室内に入ったらナイフがあったって言うくだらない証言もその使用人のでっちあげたものと考えられる。つまりあの使用人はクソ親父の息がかかった人間ってことだ。

コハルを迎えに行く前に色々整理しねぇといけねぇな。

だからどうか、どうか俺を信じて待っていてくれ。

コハルがいないだけでこんなにも俺の世界は色を失い、感情を失う。もう何日も笑ってないし、コハルと一緒に見た花園に足を向けても何も思わなかった。ただ無性に寂しく感じコハルの事が恋しくなった。コハルが隣にいないだけでこんなにも世の中はつまらねぇ。

俺はカナを好きだと思っていたが、きっとカナを失ってもここまで俺の世界は色を失わない。これはもしもの話だが自分の中では妙に納得のできるものだった。

ルートルにカナと会う日付を任せて暫く日にちが経った頃、漸くカナと会う事になった。
庭園を歩きながら横目でカナを見るが、俺が知っている姿とかけ離れている所為なのか隣に立つ女がカナなのか一瞬理解できなかった。俺が知っているカナは黒を基調とした服装に身を包んでいたが今のカナは薄いピンクのドレスを身に纏っており腰まで伸びていた艶のある髪は綺麗に纏められている。

「黙っていて申し訳ございません」
「驚きはしたが気にする事でもないだろう。それよりも…」
「はい、私の父が是非と」

困ったような笑顔で笑うカナは確かに俺の知っている女だった。

「俺はお前と婚約するつもりはない」
「コハルさんでしたよね?今はどちらに?」

地下牢にいるなんて言いたくもねぇ。
俺は咄嗟に部屋で寝込んでいるから会う事が出来ないと言うと、隣に立つカナは残念そうに肩を竦めた。

「ショート様。私は私の他に愛人を娶っても気にいたしませんよ」
「ふざけてるのか」
「冗談です。怒らないでくださいませ…ですが私も私の責任を背負って此処に参りましたので一般人の方と恋人関係だから私との結婚は出来ない。なんて理由で国には帰れません」

正論だ。
ぐうの音も出ない程の正論だ。

「ですが私は貴方の気持ちを知っております。協力できる事はしましょう」
「…恩にきる」
「私は恋愛婚が夢なんです。大恋愛の末に運命の愛しい人と結ばれたい。でも貴方は私の運命の人ではないので」

カナの協力も得る事が出来たその日。俺がカナと会った事を聞きつけた臣下の1人が執務室を尋ねてきた。男はあの日コハルを地下牢に入れた男で出来れば2度と会いたくはない人物だった。

「本日ご婚約者様に会われたとの事でどうでしたでしょうか?」
「そうだな、いい返事が出来ると思うがな」
「そうでしたか。それではこの城にカナ様が入られるのであの娘はどう処分いたしましょうか?」

あぁ、そうか。カナをこの城に迎え入れる為に邪魔なコハルを地下まで追いやったのは、全てこの男の仕業か。
だとしたら、この男をこの城から追い出す為に先ずコハルをこの城の外に出さないといけねぇ。もしこのままコハルがこの城の中にいると命まで狙われかねねぇ。
何としてでもその事態だけは避けたい。

「あぁ、コハルはこの城から出て行ってもらう」
「そうでしたか!何時に致しましょう?」
「そうだな。1週間後にでも。最後に俺からあいつに出て行けと伝えようか」

そう言うと男は厭らしく笑い。それは名案だと俺を褒め持ち上げた。
それが如何に俺を侮辱しているのかなんてこの男は考えた事もないのだろう。コハルを使って此処まで登りつめたルートルの方が幾らか賢いな。

そして6日後、俺はコハルを迎えに行った。