確かにある感情


LITTLE MERMAID





いつの間にか失った私の意識はショート王子の優しげな声によって浮上した。

「コハル起きろ」
「ん、…ンん」
「コハル」

微睡みから覚め、ボヤける目を開けると優しげに笑うショート王子と目が合った。へらりとショート王子に笑ってみせると王子は私の額に唇を落とした。

幸せな朝。いや、朝というには少しだけ早過ぎる。日はまだ昇っていないし窓から差し込む光も薄紫色のぼんやりとしたものだ。

「悪ィもうそろそろ時間だ」
「…はい」

私とショート王子が一時のお別れをする時間。正直私も何かの役にたてたらいいと思ってはいるが、何もない何持ってない私が出来ることも何1つとしてない。

町娘のようなこの城では中々見ない服装に身を包む。
床に足をつけるとショート王子が目を見張り私の顔を見る。声が出た事に続き足の痛みがなくなったんだから驚くのも当たり前だ。

「足は、もういいのか…?」
「はい。ご迷惑をおかけしました」
「そうか」

支度を済ませて部屋を出ると、ショート王子が私を持ち上げた。横抱きにして私を抱くショート王子に驚いて変な声をあげてしまった。

「よし、このまま行くぞ」
「ショート王子?!」

私を降ろすことなく城内を進んで行く。巡回している兵士の方を避けて馬小屋に向かう。ずっとショート王子は私を降ろすことなく歩き続け私をショート王子が愛用している白馬に乗せてくれた。

「行くか」

ショート王子が私の後ろに乗って愛馬が駆け足で城外を目指して駆け抜けていく。揺れるこの感覚はあまり慣れていない所為かどうにも身体が安定しない。

「なぁコハル。答えなくねぇなら答えなくていいんだが聞きたいことがある」

城を抜けてどこかに目指している最中に今まで無言だったショート王子が声を出した。

「貴方に秘密にする事など私にはありません」
「そうか、だったら聞く。お前の足のことだ」

やっぱりその話題だと思った。声の事は精神的ストレス…とかでも無理矢理納得は出来るけど足のことはどう頑張っても納得なんて出来るわけがない。

馬に跨って乗っている為後ろにいるショート王子の表情が見られないが、きっと真剣な顔をして前を向いている。

私の答えを待っている。

「…この話は全て事実です。どうか驚かないで聞いてください」

そう前置きして私はショート王子に掻い摘んで今までの事を話した。

「私は人間ではなかったのです。海の底に暮らす人魚で、とある日人間と出会い強く心を惹かれました。そうして私も人間になりたいと願い魔女に願いを叶えてもらいました。私の声と引き換えに立つと激痛が伴う人の足を手に入れました。それからはショート王子の知る通りです」

出会った相手がショート王子とは言わなかった。言わなくてといいと、知られなくてもいいも思ったからだ。

「…俺は本国にいる親父に呼ばれて船で移動してる時に嵐にあって…俺だけ助かった事がある。偶然俺だけが打ち上げられたのかと思ったがその話を聞くと俺は心優しい人魚に助けられたのかもな」

後ろから聞こえる王子の優しげなその声に、ぐっと胸を締め付けられた。私が助けたとは思ってもみてないけど、それでも私は確かに喜びを感じた。

だって、だってそうでしょう?

カナさんが助けてくれたって思ってたのにショート王子は人魚に助けられたのかもって言ってくれた。
私の存在を認めてくれたようなそんな気がしたのだ。

「そ、うかもしれないですね」
「助けてくれた人魚がコハルだったらいいのにな。そんな偶然はないんだろうが」

言葉につまりながらも同意すると、ショート王子は笑いながらまた嬉しいことを言ってくれた。

なんでそんな嬉しいことを言ってくれるの…?その偶然があったんだと言ったらショート王子はどんな表情を私に見せてくれるのだろうか。

「まだ聞きたいことはある」

なんとなく予想はつく。ナイフのことだろう。私はショート王子にナイフを向けたのだから聞かれないわけが無い。

「あのナイフの事ですよね」
「ん?いや、違う」
「え?」

はっきりとした声で否定したショート王子に対して頭の中が疑問符でいっぱいになる。
絶対に聞かれると思ったのに。どうして…?

「コハルはあの時泣きそうな顔をしていたからな。それにお前に殺されるなら構わないと思っていた」
「そんな…っ!どうして…」
「…罪滅ぼし、だろうな」

何に対してなのだろうか。
それは私が聞いてもいいものなのかが分からなくて口を噤んだ。

「俺が聞きたかったのはお前の気持ちだ」
「私の気持ち?」
「あぁ。聞きたいことは沢山あるがそうだな…今はこれだけだ」

ショート王子は凛とした声で私に問いかけた。

「コハルお前はこの先、俺と共にいることを願うか?」
「…これから先を共に…」
「そうだ」

これから…と言うのはこの先の事だろう。私は一緒にいたいと思うがショート王子はどうなんだろう。そう思うと頷くに頷けない。

あれ…?私浮かれていたけどショート王子ってカナさんが好きなんだよね?本人に直接確認したわけじゃないけどでもカナさんの所にはよく通ってたし。

確信に近い感覚をはっきりさせようと私はショート王子の質問に質問し返す事にした。

「ショート王子は、カナさんの事を好いているんだと思っていました」
「…俺もそう思っていたがカナに諭されて、コハルをこの腕の中から失ってやっと気が付いた」

そうだとしたら私が共にいたいと、一緒に生きていきたいと願ったらショート王子の重荷になってしまうのではないのだろうか。きっとショート王子だって困惑しただろうし気持ちの整理がついていない部分もあるだろう。

それでも私の気持ちは変わらない。

「私はショート王子がいらないというその日まで貴方と共に在りたいと願ってしまうのです」
「俺はもう迷わねぇ」

今の言葉がどんな意味だったのか、どんな気持ちで言ったのかは私には推し量れないが、それでも私はこの世界で私を見つけてくれたショート王子を信じるだけだ。

それがどんなに難しいことでも。




暫く馬を走らせて着いた先はミドリヤさんの家だった。

「ショート王子っ!」
「ミドリヤ…悪ィ迷惑かける」
「そんな事は気にしないでよ。友達じゃないか!」

家の前で待っていたミドリヤさんは私たちを見つけると駆け寄ってきてくれた。ショート王子が先に馬から降りて私に手を差し伸べてくれ、私はその手に掴まり馬から降りた。

「ミドリヤさん…」
「コハルちゃん…!声が!」
「はい。ありがとうございます」

私の声が出ることに驚いたミドリヤさんが驚いた表情で私を見た。つい先日会った時は声が出ていなかったのだから驚くのも当たり前だ。

「コハル…暫くお前をここで匿う」
「ショート王子とは離れる事になるけど、お城の中が落ち着くまでの間だから」
「…わかりました」

ここで離れたくないと言ったらショート王子を困らせてしまう。だけど、私だって力になりたい。彼と一緒に歩けるようになりたい。
私はショート王子とミドリヤさんの言葉に頷くしかないのだ。

頭では分かっても心がわかってくれない。こんな気持ちになるのは、感覚になるのは初めてで、また1つ私は人間の感覚を覚えた。

私がショート王子に言えることはたった1つだ。

「無理はなさらないでください」
「あぁ、約束する」

ショート王子は頷き、白馬に跨ってまた白に戻って行った。1度も後ろを振り返らずに馬で駆けていく姿が見えなくなるまで私は見つめていた。

完全に見えなくなった頃にミドリヤさんが私に声をかけてくれた。

「中に入ろうか」
「はい」

離れていても繋がっていられると今なら信じられる。