立ち向かう


LITTLE MERMAID





ミドリヤさんのお家に居候させてもらってから1週間も経たないうちに事態は急変した。

イイダさんがミドリヤさんの家にいるを迎えに来たとこで、私は慌ててお城に向かった。

事はこうだ。
ショート王子は私を殺そうとしていた男を確保、お城から追い出し、自身の父の息がかかったものを芋ずる式に確保していった。昨日海が荒れ始め紅海のように2つに割れ現れた男はコハルを差し出せと言ったらしい。

「それはそれは巨大な男で、エンデヴァー陛下よりも遥かに巨大だというみたいなんだ。コハルくんは心当たりはあるかい?」

心当たりがあるも何もきっとそれは私のお父様だ。ショート王子のお父様の背格好は知らないが、海の神の名を冠した父ポセイドーンは神話のポセイドーンのように性格は粗暴ではないにしろ、海と地震を司る力を持っている。
代々国王はポセイドーンの名を冠するのだが、今までの王様に比べ父の力は強力で神話のポセイドーンが蘇った、とまで讃えられた程だ。

その父が海を荒らし私を求めている。何故今頃父が私を迎えに…?

否、今はそんな事はどうでもいい。それよりもショート王子の身の安全を確認したい。

「イイダさん。私はその男に心当たりがあります。だから急いでください!ショート王子が心配です!」
「分かった!急ごう!」

駆け足で走った馬はお城のすぐ側まで辿り着いた。そして私が目に飛び込んで来た景色は想像を絶していた。
野に咲く花や木々、お城を守っていた塀やお城の1部が塩による結晶で覆われていたのだ。

「これ程とは…」
「人は、皆さんは無事なのでしょうか?!」
「こればっかりは分からないんだ…。俺が君を迎えに行った時はここまで酷くなかったからな」

という事はこの数時間の間にお父様はここまでやってのけたのだ。

「…ショート王子の身が心配です。王子は今どこに?」
「…海にいるかもしれない」
「っ?!イイダさん、海に急いでください!」

考えたくはないが、ショート王子までも塩の結晶になっているかもしれない。それだけは何としてでも避けたい。

潮の香りが鼻腔に広がる頃には私たちは海に近づいていた。紅海の如く海は真っ二つに分かれ海底が見えていた。海の壁が出来ておりお城の兵士の何人かが海の壁に取り込まれかけている。

そして、剥き出しの海底の道の先にはお父様の姿が見えた。その後にお姉さま達の姿も見えるがお父様が大きい所為もあってか、小さく見えるがお姉さま達の身長と私の身長は同じ位だ。

そして、そのお父様に立ち向かおうとしている鎧を見に纏った軍隊が見える。この国の紋章の旗が潮風にはためき揺れている。そしてその旗の下には待ち焦がれたショート王子がいた。

「ショート王子っ!」

叫び声はその場に響き、軍隊の人達が私の方に顔を向けた。その中にはショート王子の顔があって、驚き目を見開いていた。

「ショート王子っ!!」
「コハル!何でお前が此処に」

ショート王子が私に向かって走り出すと、それれを静止する声が辺りに響いた。威厳ある声はこの国の誰よりも偉いのだと自負している声だった。

「クソ親父…」

ショート王子はその場に留まり自身の後ろにいる男に向かって、苦々しそうに言葉を漏らした。

「そんな小娘に構っている暇はない。目の前の敵だけを見てろ」

赤い髪に大きな体。何事にも動じないどっしりと構えたその姿はまさに陛下と呼ばれるに相応しいものだった。

この人がショート王子のお父様…。

「全軍構え!!」
「やめてください!!!」

2つに分かれた海の間に立ち、弓や大砲を装備している兵隊の前に立ち両腕を広げる。
退けろ小娘!と非難の言葉を浴びるが、それでも止めるわけにはいかない。
確かに私はただの小娘だ。何の身分も持たない人間で、ショート王子の慈悲がないと城に置いてもらえない程の人間だ。
それでもこの身に流れる血は、心は海の王族のものなのだから。

「お待ちください!私の父を傷つけないでください!」
「コハルの父、だと」
「エンデヴァー陛下並びにショート殿下。私は、ポセイドーンの名を冠する海の王の娘なのです」

そして振り返りお父様と向き合い地面に片膝をつけ跪いた。

「海の神ポセイドーンの名を冠した母なる海において私たちの偉大な父よ。貴方の求める娘はここにおります」
「コハルよ。何故そなたは我が城から出て行った」
「私は、人になりたいと願ったのです。少年を助けたあの日から私は人として生きてみたいと思ったのです。そして私は愛する喜びを、愛される喜びを知ったのです」

ショート王子と出会って私は変わった。愛し合う喜びを知り、大切に思い合う気持ちを知った。それは海の中じゃ分からなかったこと。陸に出て初めて知ったこと。

「ですからどうかお願い致します。私の大切な人が大切にしているものを傷つけないでください」

不意に背中に暖かいものが触れた。そして肩に手がおかれ引き寄せられる。この温もりを私は知っている。

「ショート、王子…」
「コハルありがとう」

ただショート王子の温もりに触れるだけで、心がこんなにも温かくなる。

隣で跪くショート王子は私の手を握りながら、海の王である私の父と向き合い、力強く宣言した。

「異国の王、ポセイドーン陛下どうかお聞きください。我が名はこの国の第3王位継承権を持つショート。コハルを愛する者です!身勝手な願いだと分かっております、ですがどうか我々を見守って頂けないでしょうか?」

ショート王子が真っ直ぐにお父様を見ている。お父様はそんなショート王子に何かを感じたのか、暫く黙り込み私に視線を寄越した。

「コハルは我々よりも短い時を生きる人間と共にしたいのか?」
「はい。強くそう願っております」

お父様は深い溜息を吐き、海の壁に取り込まれた何人かの兵士を地面に降ろし、塩の結晶になってしまった建物や草木をものと姿に戻した。

「ではお前達が婚姻を結んだ暁には私から祝福を与えよう。コハルが生きている間海は凪、大地が揺るがぬ祝福を与えよう」
「お父様…!」
「ただ忘れるな。コハルが愛されなくなったその瞬間そなたは人魚に戻る事になる」
「そんな事にはさせません」

ショート王子の命令により軍は武装を解き、2つに分かれ壁が出来ていた海はまた1つになった。
お城に戻ると塩の結晶は見事になくなっていた。

エンデヴァー陛下に許しをもらおうと挨拶をするも素っ気なく、ただ好きにしろ。とだけ言われた。きっと私の身分が王族だったからの判断なのだろう。

ショート王子はその事についても顔を顰めて、怒っていたが私としてはどんな形であれ認められたのは素直に嬉しい。

後日ショート王子とカナさんの婚約が破棄になり、理不尽に婚約破棄になったカナさんに誤りに私だけ行くと、彼女は祝福の言葉を述べてくれた。

「コハル様。この度はおめでとうございます」
「…申し訳ございません。私が横入りしたばかりに」
「いいえ。そんな事はございませんよ。ここだけの話、ショート王子が教会で居眠りをしてる時よく貴方の名前を呟いていたんです」

カナさんの告白に心臓が忙しなく動いた。ずっとずっとカナさんの身代わりだと思ってたのに、もしかしたらずっと前から私たちは見えない何かで繋がっていたのかと思うと、どうしようもなく胸が騒ぎ出す。

あぁ、ショート王子に会いたい。
今すぐ会いたい。

「あ、コハル様愛されてるのね」
「え、…あっ」
「お迎えに来てるわよ」

ショート王子の姿が見えた瞬間私ははしたなくも、走り出した。するとショート王子は両腕を広げ私を待ち構えてくれる。

「ショート王子!」
「コハル!」

背中に回されている腕が優しく私を包み込む。

これから先きっと私たちは幸せになれる。