彼の友人


LITTLE MERMAID





海に面した崖の上に建つお城に案内され、ショート王子の部屋だという個室で待っていると、深い緑色の髪をした男の子と、眼鏡をかけた男の子と茶色の髪をした女の子が従者に連れられてやって来た。

この中の誰かが魔法使いなんだろう。1番ソレっぽいのは茶色の髪をした女の子なんだが。私はソファに座ったままショート王子と3人のやり取りを見守っていると、茶色の髪をした女の子が私に気がつき、笑顔を見せてくれた。

すごく可愛らしい人だ。

「ショート王子!あの子を紹介してくれへんかな?」
「あぁ、それと麗日に頼みがあるんだ」

ショート王子は3人を私が腰をかけているソファまで連れてきてくれた。そして、私を3人に紹介してくれ、漸く私は3人の名前を知ることが出来た。

えっと、深い緑色の髪をした男の子がミドリヤさんで、眼鏡をかけた男の子がイイダさん。そして紅一点の笑顔の可愛い人が麗日さん。そして彼女が魔法使いで間違いない。
私も自己紹介をしようとしたが声が出なく代わりにショート王子が私の名前を彼らに教えてくれ、3人からは憐れみの表情をされた。そんな顔をされる筋合いがないからかズキリと胸が痛む。

「今朝海辺で見つけたんだが声が出ないらしく、足も痛いらしい」
「なんで海辺にいたんやろ?」
「そこはわかんねぇが異常がないか見てくれねぇか?」

麗日さんは大きく頷いて、私の額に指先をつける。すると額がじんわりと温かくなりそれが全身に伝わる。その温かさに目を瞑り必死に此処に来た目的がバレないようにと願う。私の願いが通じたのか麗日さんは静かに首を横に振った。

「何も感じへん」
「この少女をどうするつもりなんだ?」

イイダさんは両手をかくかくと動かしながらショート王子に尋ねると、王子は迷う事ないきっぱりとした声でなんとも嬉しい事を言ってくれた。

「此処で暮らしてもらう」
「ここでってこのお城で?!」
「ショートくん君は第3位王位継承権を持っている身なんだぞ!」

一瞬でも舞い上がった私が恥ずかしい。彼は私との身分があまりにも違いすぎる。気安く見ず知らずの女を自分のテリトリーに入れてはいけない人なのに。

「あぁ、でも連れてきちまったし…何よりあの時俺を助けてくれた彼女にコハルが似てて放っとけねぇ」
「そんな犬猫じゃないんだから」

ショート王子からして見れば私は捨て犬や猫を拾ったのと同じ感覚なのかもしれない。だから、見ず知らずの私を此処に置いてくれようとしている。

「大丈夫だ。政は疎かにしねぇし、何より俺は王位継承権が殆どない上に何かあったらお前達がいる」
「ショート王子がそこまで言うなら…」

私も何かお礼を言おうと口を開いて音を出そうとするが、空気が抜けるだけで何も音が出ない。それに気がついたミドリヤさんが私にペンと紙を差し出してくれた。

「なにか伝えたいことがあるんでしょ?」
「…っ、」

何度も首を縦に振り同意して、紙にペンを走らせる。拙くもなんとか書き終えて皆に見えるように紙を手に持って前に押し出す。

“皆さんの役に立てるような人間になりたいです”
「コハルちゃん…」

皆の迷惑になるような存在にはなりたくないから、出来ることは自分でやっていきたいから、だからどうか私を捨てないで欲しい。
私を愛してほしい。

独りよがりの我儘な言葉を口に出来なくてよかった。

「目は口ほどに物を言うってアレ本当なんだな」

ショート王子の言葉の意味がわからなくて、ショート王子を見つめると彼は私の頭に手を置いてゆっくりと撫でた。

「別にお前を捨てはしねぇよ」

ショート王子…。

「何かあったらすぐに言ってね!駆けつけてくるから!」
「あぁ!我慢することはよくないからな」
「僕達も君の役に立ちたいから」

ありがとう。そう直接言えたら良かったのに。

目頭が熱くなり涙が溢れる。それを零さないように我慢しながらペンを走らせて皆に見せる。

“ありがとう”

私の想いがこの文字から伝われば、今はそれでいい。


ショート王子は3人に泊まるように言ったが、3人とも私が緊張するだろうからと遠慮してしまい早々に城を出て行ってしまった。残された私達は一瞬の気まずさはあったものの、ショート王子の計らいで私は東側の塔の一角の部屋を設けてもらい、使用人の方が私を連れて行ってくれた。

「コハル様の部屋はこちらになります。御用の際はこちらのベルを鳴らしてください」
“ありがとうございます”

紙に書いてお礼を言うと、使用人の彼女は少しだけ悲しそうな顔をしてショート王子の事を話してくれた。

「王子は小さい頃、周りの人達に恐れられていたのです。それはあの目の周りの痣の所為。自分は何もしていないのにと塞ぎ篭もりよく城を逃げ出していたんです。ですがご友人とも呼べる方々と出会ってからはよく笑うようになりました」

きっとあの3人の人達のことだ。
ショート王子の過去を想像すると胸が痛くなり苦しくなるが、でも彼は友人のお陰でそれを乗り越えて、今を穏やかに過ごせている。私が今悲しんでいても無意味なのだ。

「ですから貴方も王子と仲良くしてくださいますように」

彼女の言葉に力強く頷くと恭しく頭を下げて部屋を出て行った。パタンと音がして完全に閉まった扉を見つめる事数秒。私はやっと大きく息を吐いた。

ずっと緊張していたからか、まともに息を吸えていなかったんじゃないかと思ってしまう程の深呼吸を数回して、王子からプレゼントされた車椅子に乗ったまま窓辺に近づくと、そこには一面の海が広がっており、仄かに潮の匂いも感じる。

私がいた海がこんなにも大きなものだったなんて!

私が声を出せたら感嘆の声を上げていた。感動で胸の奥が熱くなり締め付けられる。月の光が海に差し込み光の道ができている。それはまるであの空高く浮かぶ月に行く為の道のようだ。

すごい、すごい!
人は日々こんなに素敵な景色を見ていたのね!

昨日までの私はこの景色を知らないまま過ごしていた。深い海の中に暮らしていた私は月の光がこんなにも優しく人々を照らしていたなんて知らなかった。

これをきっと人は美しいと呼ぶのだろう。

こんなに素敵な景色を見れる日が来るとは思わなかった。声を引き換えに私は足を手に入れた。いや、正確に言うと歩けない足を手に入れた。
立つ度にナイフで足の裏を抉られるような痛みをする足だ。これでは野を駆けることすら出来ない。

それに私はもう人魚には戻れないかも知れない。人の形をした私はなんなのだろうか。
大好きな海を見てそんな事を考えるのは、あの時の選択を後悔しているからなのだろうか。
私は誰かに愛されることができるのだろうか。

そんな事が頭の中を巡っては消えてまた甦る。人に愛されて私も魂を手に入れたい。魂は死後天国に行くとお祖母様が言っていた、だから私はそれが本当なのか確かめたい。

ただ、それだけなの。

なのに頭の片隅で魔女の笑い声が響く。

「お前は恋をしたらしい」

違う、私は恋を知らない。

なのにどうしてショート王子の顔が頭の中に浮かんでは消えるんだろう。

誰か教えて。私は一体誰で、何がしたいの?彼をどう思っているの?

口を開閉させても音なんか出やしない。なのに私はまるで言葉を発するように口を動かし続けた。

溢れるものは不安なのか後悔なのか、無意味な期待なのか。