意思を持つということ


LITTLE MERMAID





王子が東の部屋に来ないことが何日か続き、私は部屋から出る事も出来ずに窓の外の景色をベッドの上から眺める事しかできずに暇を持て余していたそんなある日。久しぶりにショート王子が私の部屋を訪ねてくれた。

「コハルに見てもらいたいものがあるんだ」

首を傾げてから頷くとショート王子は部屋の外にいる誰かに合図を送った。すると扉の向こう側からいつも私をお世話してくれる使用人の方が何かを押しながら私の部屋に入って来た。
見たこともないそれを凝視していると使用人の方が私の目の前までそれを押し、私に背を向け扉の方まで行きこちらに振り返り軽く1礼して部屋から出ていき、扉が静かに閉まるとショート王子が私に持って来た物の説明をしてくれた。

「これは車椅子だ」

“くるまいす?”
「あぁ。コハルは足を地面につけると痛ぇんだろ?これは自分の腕の力で前に進む事が出来るんだ」

“腕の力?”
「やってみろ。きっと世界が広がるはずだ」

ショート王子に手伝ってもらいながら何とか車椅子に乗り、大きな輪を握り前に押し出すように力を入れると、それは確かに前に進み、隣に立っていたショート王子よりも前に出た。

これはすごい!陸にはこんなに便利な物があったなんて!

私は後ろを振り返りショート王子を見ると王子は嬉しそうに笑って、一歩前に出て私の隣に並び私の頭を撫でる。その手つきが優しくてつい目を閉じてしまう。気持ち良くてつい口元が緩んでしまう。
ちゃんとお礼を伝えようと膝の上に置いておいた紙とペンを取って感謝の言葉を書いてショート王子に見せる。

“ありがとうございます”
「喜んで貰えてよかった」

車椅子の座席の位置が高いからぎりぎりの所で足が地面に着かないから激痛が襲うこともない。きっとショート王子が調整してくれたのかもともとこういう作り何かはわからないが、あの痛みがなくショート王子の手を煩わせることがないと思うと本当に嬉しい。

“本当にありがとうございます”
「これでこの階だったら色んな所に行けるな」

“はい!今から楽しみです!”
「じゃあ今から少し行くか?」

ショート王子は車椅子の取っ手を握り私を前に押し出す。自分で移動できると上半身を捻りショート王子の顔を見るが王子は口の端を上げて笑うだけだった。きっと私をお世話したくてこうしてくれているんだろうと、ショート王子に甘えて私は城内を2人で巡っていると、ショート王子。と呼ぶ声が聞こえ、王子は私に断りを入れて少しお年をめした臣下の方の方に歩いてい行った。

赤の絨毯が敷かれた廊下の片隅でショート王子が臣下の方と話している様子を眺めていると、私よりは年上の若い臣下の方が私の隣に立ち、車椅子に座る私に向かって鼻で笑ったように話しかける。

「貴方は寝台で王子を待っていた方がお似合いだ。それとも夜の相手すら飽きられてからそれでこの城を出て行けと言う意味なのかな。声の出ぬ、歩くことも出来ぬ貴様などただの人形だ」

この人の言っている事がどういう意味なのか。正しく受け取れているのかわからない。でも今私は…私達は侮辱を受けた。それだけは確かなのだ。声を荒げる事は出来ないから文字で気持ちを伝えるしかない。私はなるべく言葉を選びながら紙にペンを走らせる。

「人形が何を伝えようと?」
“私とショート王子は人目を避けて会うような疚しい関係にはありません!それに声を出すことが出来なくても、意思を伝えることはできます!!意思を持たぬ人形ではありません。撤回してください!!”
「幾ら言われようと貴様は王子を慰めるだけの人形に過ぎない」

紙にペンを走らせるも、若い臣下の方が次々に私に罵声に似た言葉を浴びせる。書くスピードよりも早いそれについていけずにいると、誰かが私の肩に手を置いた。

「王子…っ!お話はもう…」

臣下の言葉に顔を上げると王子は私の膝の上に置かれた紙を見て、眉間に皺を寄せそれを取り1枚1枚じっくりと目を通す。相手の言葉に合わせて書いた文字は殴り書きもいいところで、話が変わり途中で止めてしまったページさえある。

「お、王子…?」
「意志の持たぬ人形か…」
「それは言葉のアヤに御座いましてっ!」

若い臣下は自分の言葉を撤回しようと、でたらめのような言葉を並べるがショート王子はそれを一蹴して、臣下に1歩近寄り私の隣に立つ。

「お前は人の心がないのか?弱者によくこんなことが言えるな。それに意思を持たぬ人形…か。心を持たぬお前はなんだ?」
「王子!!私は…っ!」
「お前の名前は覚えておく」

ショート王子は車椅子の取っ手を握って押し出す。必然と若い臣下の横を通り過ぎるのだが、ちらりと臣下の顔を見上げると血の色が引いた真っ青な顔で足元を見ており腕は力なくぶら下がっていた。

暫く無言のまま廊下を進んで行くと、車椅子を押す力が急になくなりどうしたのかと上半身を捻って後ろを振り向く前にショート王子が私の前に立ち腰を曲げて頭を下げる。なんでショート王子が頭を下げるのかが分からなくて動揺しているとショート王子は、すまねぇ。と頭を下げたまま私に謝る。

「あいつの言葉に傷ついただろ」

首を縦にも横にも振れない。縦に振ると傷ついたと認めてショート王子に更に謝らせることになる。横に振ると自分の気持ちに嘘をつくことになりショート王子にも気を使わせてしまう。どっちにしろショート王子に謝らせてしまうのなら素直に話した方がいいかもしれない。

“確かに傷つきましたけど、でもショート王子が来てくれましたから”
「けど、もう少し早く来ていればこんな目に遇わせずに済んだだろ」

“ですが、王子の優しさに触れる事が出来ました”
「優しさ…?」

ショート王子は怪訝そうな表情で首を傾げる。私の言っている意味がわからないと言わんばかりの表情に私は言葉を選びながら紙にペンを走らせる。

その様子をショート王子は急かすことなくじっと動く手を見つめて待ってくれている。あの臣下の方とは大違いだ。

“王子は得体の知れない私を助けてくれました。それに臣下の方から私を庇って下さいました。そして今はその臣下の為私なんかに頭を下げていらっしゃいます。これを優しいと言わずになんといいましょうか”
「……俺は、優しくはねぇ」

“自分の優しさに気づく人なんていません。優しさは相手に気づいてもらうものです”
「コハルは…いや、何でもねぇ」

ショート王子はそれから何を言うでもなく、私の後ろに回りまた車椅子を押し出した。何かを言いかけたその口は私に何を伝えようとしたのだろうか。
その言葉の続きを教えてもらう術は私にはなかった。