仲直りと言う名の何か


LITTLE MERMAID





車椅子をもらい私はショート王子が部屋に来られない日も部屋の外に出て城内を見て回れるようになった。
城内で働いている使用人の方が車椅子を押してくれようとしたが、それを断り最近見つけたお気に入りの場所に腕の力だけを頼りに向かう。
少しだけ大きな窓があってそこからは海が一望出来、更には緑の自然の大地まで一望できるのでショート王子が東の部屋に訪ねてくる気配がな時は此処に来ては何気ない時間を浪費している。
そんなある日の昼下がりのこと、私は窓の向こうによく見知った髪色をしている人を見かけた。

あれ?あの髪色は…。

真ん中で紅白に分かれているあの髪色はショート王子以外にはいないだろう。
白馬に乗って何処かに行こうと1人で外に出て行く。その後ろ姿を私は窓の中から眺める。ショート王子には王子の自由があるのだからなんで私も連れて行ってくれないの?なんて思いもしないしそれを文字にすることもない。

道中何事もないように。

道すがら何があるのかわからない。私が出来る事は何もないからここから何もない事を祈るだけ。

白馬で平野を駆け抜けていくその姿を眺めていると、誰かに車椅子を引かれ窓から距離が出来る。一瞬で変わった視界に驚きを隠せずにいると、私の車椅子を引いたであろう人が後ろから声をかける。

「先日はどうも」

聞き覚えがある声に反射的に後ろを振り向くとあの時の若い臣下の方がいた。
目が合い背中に汗が流れる。なんでこの人がここにいるのかと今すぐにでも声に出して聞きたいのに出す術を持ってない。逃げ出したい。あんな事があった後だから何を言われるか分かったものじゃない。

「君コハルだっけ?ショート王子の飼い猫?いや愛妾だっけ?」

“喧嘩売ってるんですか?!”
「冗談だよ…君に突っかかってもいい事がないって学んだからね」

殴り書きで書いた紙を臣下に見せると彼は肩を竦ませて降参だと言うように両手を上げた。
そして人を小馬鹿にしたように笑い、私の片手を取ると恭しく膝まついて手の甲に唇を落とす。なんのつもりなのかどういう意図があるのか全く分からない。

「はっ、意味が分からないって顔だね。僕は今の地位から下がりたくないんだ。でも王子の琴線に触れてしまった…この意味が分かる?」

私は首を縦に振ると臣下の方がおかしそうに笑う。
つまり彼が言いたいのはこういう事なのだろう。王子が世話をしている私と仲直りをすれば王子の機嫌も直り彼の地位も損なう事がなくなる。いや、私との仲次第では更に上がることもあり得うる。そう考えているんだろう。

が、私と仲良くした所で彼が守りたいと願う地位がどうこうなる事はないと思うが、可能性が1%でもあるのなら捨て置けはしないのだろう。ここはそういう所。城とはそういう所なのだ。此処の人は温かく優しい人が多い。が、必ずと言っていい程色んな人の画策が、野望が打ち乱れる処なのだ。私がいた城でもそういう人は何人もいた。

“ショート王子は私を物差しに使わないと思います。そういう目じゃなくちゃんと自分の目で見たものを信じて判断を下す人です”
「王子の何を知っているわけ?」

“私は私の目で見た王子を信じているだけです”
「…王子が気に入るだけであるのかな。僕の名前はルートル。これからよろしく」

よろしく…したくはない。正直に言って。この人は私を利用するつもりだ。これは予感ではなく確信。

“よろしくお願いします”
「意外だね」

“自分でもなんでかわからないですけど…”
「そしたら仲直りの握手な」

ルートルさんは立ち上がり指で掴んでいた私の手を握り直して縦に振る。
仲直りの握手なんだろう。でも腹の底で何を考えているのかわからない。だからこそいいのだろう。この人を信用してはいけない。それさえ分かっていれば自分に不利のないように立ち回れる、甘い考えかもしれないが私が決めたショート王子の役に立つ。という目標に近づけるかもしれない。

仲直りなんて生温い。今の私たちの関係を端的に言うと利害が一致した利用関係。と言ったところだろう。
私に何を見出したのかは正直わからないが、私の一挙手一投足がショート王子の評価に繋がりかねないなら私は間違っちゃいけない。それは恩を仇で返すことになってしまう。

“これから、よろしくお願いします”
「最高に嫌そうな顔をしてるけど?」

紙に書いた定型文を彼は読み、可笑しそうに意地悪そうに笑う。仕方ないではないか。本音を言うと私は自分で言うのもなんだが温室育ちでこういった争いごとや画策暗躍は苦手で嫌いなのだ。
どう動けばいいのかわからない。がそんな事を言ってられない状況なのだ。私が私でいる為に、ショート王子に迷惑をかけない為にここで戦わないといけない。
何をどうしていけばいいかなんてわからない。わかっているのはただ一つ。逆に考えればこんなにもわかりやすい状況はない。

ルートルさんは笑いながら私の横を通り過ぎ仕事に戻って行った。その背中を見送り、私も部屋に帰る事にした。今のやり取りでどっと疲れた。この場所に来た時よりも遅い速度で部屋に戻る途中使用人の方々とすれ違い何度か頭を下げながら挨拶をして、部屋の中に入る。私仕様に変えられた足の短い寝台に横になる。

天井に向かって深い溜息を吐いて、瞼の上に腕を置く。
肩から力が抜けていく感覚がしてそのまま意識を手放していった。微睡の中ショート王子が笑って手を差し伸べてくれる夢を見た。私はショート王子に駆け寄ってその手を取り嬉しそうに笑っている。それをもう一人の私が海から羨ましそうに眺めている。
理想の私と現実の私が入り乱れている夢に困惑する。



「……コハル寝てんのか?」

ショート王子の声にすぐに目が覚める。
寝ぼけ眼で周りを見ると視界の端にショート王子の赤毛の毛先が映り顔ごと横に向けてしっかりとショート王子の姿を目に移す。王子と目が合い緩く笑うと王子も緩く笑ってくれ目を細める。ショート王子が私の頭を撫でて穏やかに話しかけてくれる。

「悪い。寝てたのに」

首を横に振って腕に力を入れて上半身を起こすと肩にかかっていた髪がだらりと垂れ下がる。それをショート王子が手に取り私の耳にかけてくれる。確かショート王子はお外に出かけていた筈だが、そんなに長時間寝ていただろうか?

兎に角帰ってきたショート王子にお帰りなさい。と伝える為にベッドの端に置いてある紙とペンを取って文字を書く。ショート王子はそれを覗き込み最後の一文字を書き終えると同時に返事をしてくれた。

「ただいま」

最後の一文字を書く前にわかっていた言葉を王子は待ってくれる。
それがこの上なく嬉しい。ショート王子の優しさの一部に触れているみたいで、真心に包まれているようで嬉しくて仕方ない。