楽しさと香辛料


LITTLE MERMAID





“ルートルさんと会いました”
「あいつからお前に謝罪したとは聞いた」

ショート王子にルートルさんが私ついて何か変な事を言っていなかったかが気になり、紙に書いて質問すると王子は少し考える素振りを見せて普段と何一つ変わらない表情で首を横に振った。

「優しいなとは言っていたな」

絶対にそんなこと思ってない癖に!
今日話しただけでも彼はそんな事を思うような人物じゃない事はわかる。

「本心かどうかはわかんねぇけどな」

ショート王子もそう思っているようで短く息を吐き出し笑う。
そして、足の短いこのベッドに腰をかけ隣に座る私の頭をショート王子の大きな手で撫でる。

「大丈夫だったか?」

何に対する心配なのだろうか。どちらにせよ答えは1つなのだから考える必要もないか。
私は縦に首を振ってショート王子に向けて笑顔を見せた。

あの人と利害一致のもと協力関係を結んだなんて言いたくない。
なにより、心配はかけたくない。

そうか。と王子は頷き今日あった出来事を話してくれた。
その中に以前知り合ったカナさんの名前がよく出てきて、私にはしないような笑い方をしてそれが少し寂しく感じた。

どうしてかは分からない。
でも寂しさと同時に羨ましく思える。
私にはしてくれないその表情をカナさんはたった数時間会っただけで引き出せる。

「コハル大丈夫か?」
「…!」

王子の声に遠い所に飛ばしていた意識が戻ってきて、ハッとする。目の前のショート王子の顔を見ると心配そうに私の顔を覗いていて、慌てて両手顔の前で振って大丈夫だとアピールしても上手く伝わらなかったようで、近くに置いてある紙とペンを持って字を書く。

“大丈夫です。すみませんちょっと考え事をしてました”
「何かあったのか?」

“大丈夫ですよ”

自分でもわからない事を話してショート王子に迷惑をかけるわけにはいかない。私は満面の笑みを浮かべると王子は一瞬だけ表情を変えて本当に、本当に小さな声で呟いた。

「本当にお前たちは似てるよ…」

その言葉に胸が痛みだして切なくなる。どうしてこんなにも悲しい気持ちになるのだろうか。

ショート王子は声に出していたことに気が付いたのか、慌てて私に謝罪をする。

「悪ぃ、お前に言う言葉じゃなかったな。忘れてくれ」

王子は顔を逸らしてしまった為に私からは表情を窺うことは出来ない。それでよかった。
きっと今の私は酷い顔をしているに違いないから。ショート王子に見られなくてよかった。

「すまねぇ仕事に戻んねぇと」

そう言うや否や腰を掛けていたベッドから立ち上がって足早に部屋から出て行った。振り返る事さえしなかったショートが開けた扉が控えめな音を立てて閉じる。

なんでこんな気持ちになるのかな。人はどうゆう時にこの気持ちになるのだろうか。
私にはそれが分からない。
この胸の痛みはどうして起こるの?

誰か教えてよ。
そんな思いを空気を吐き出すように口を動かすが当然音として声は出る事がなく、ただ口を開閉させて空気を出しているだけだ。

そう言えば祖母はなんて言っていただろうか。
私が人間になって死後魂が天国に行くためには…人間に愛されなければならない。と、そう言っていた。だから私は魔女に頼んで声と引き換えにヒレではなく人間の脚を手に入れた。だがこの脚は歩く度に、否立つ度に足の裏に激痛をもたらす足で私は歩くことのできない、話すことも人間としてショート王子に拾われた。
ルートルさんには人形と罵られもしたが、それでも私は拾ってくれたショート王子の為に迷惑にならないようにこの城でうまく立ち回ろうと決めたばかりだと言うのに、私の中に違う感情が流れ込んでくる。
防ぎようのない、防ぐ術を知らないこの感覚は一体なんだろうか。

このままではダメだ。
私は誰か人間に心の底から愛されなきゃいけない。そうじゃないと人間になれないのだから。

天国とはどういう所なのだろうか。
私は人に愛されたら本当にそこに行けるのだろうか?
……では人に愛されなかった私は何になるのだろうか。人でもましてや人魚でもない私は死後何になるのだろうか。この世に私が生きた証は誰かに刻まれるのだろうか。

…独り孤独に死んでいくのだろうか。

そんな考えが頭を駆け巡っては私の心を負の感情で支配していく。

そんな時ノック音が聞こえゆっくりと扉が開く。誰か来たのだと扉の方を見ると使用人の方が色とりどりの可憐な花が飾られた花瓶を持っていて、それを私の部屋に飾る。場所は私今座っているベッドの枕元横のサイドテーブルだ。
こんなにも華やかな花を見るのはショート王子と行った花園以来だ。
あの心躍った楽しい思い出が私の沈んでいた気持ちをほんのりと攫って行く。

どうして今までこんなお花を飾ってもらった事がないのに。と首を傾げると使用人の方が気まずそうに言葉を漏らした。

「王子からは内密にと言われていますが、コハル様が元気がない事を気になさっているようで花を贈るようにと」

ショート王子が私の事を気にかけてくれた。
その事がこんなにも嬉しい。私は紙にペンを走らせてお礼の言葉を言った。

“ありがとうございます。とお伝えください。そしてあなたもわざわざありがとうございます”
「とんでもございません。コハル様の感謝の言葉は必ずお伝えします」

“ありがとうございます”

使用人の方は私向かって頭を軽く挨拶程度に下げて入って来た時と同じように、静かにゆっくりと出て行った。
私は四つん這いになって花瓶が飾られた方に移動して一輪の花を花瓶から取り出す。鼻に近づける事で鼻腔にあの時の香りが抜けていく。懐かしいようなつい最近のようなそんな気持ちにさせるあの出来事は、とても楽しく美しい景色と共に私の中で色濃く残っている。

ありがとう、ショート王子。

私に気が付いてくれてありがとう。