佐倉と焦凍くん

名前さんとお母さんのところにお見舞いに行き、寮に帰る途中名前さんは見知らぬ男とぶつかってしまった。それだけならいいがその男は名前さんのファンだと言って名前さんの手を取り上下に大きく振って感動しただとか会えて嬉しいとか延々と言葉を並べている。言われている方の名前さんは一々、ありがとうございます。と感謝をしているから向こうもつけあがるんだ。

あんまいい気はしねぇな。

「名前さん行くぞ」
「あ、うん。それじゃありがとうございます」
「近いうちに会いましょう」

近いうちってどういう事だ?

俺は名前さんの腕を引きながらさっきの男の言葉に首を傾げた。俺はこの時に男の言葉に警戒すべきだったんだ。もっと深く考えるべきだった。

まさか名前さんがこんな事になるなんて思いもしなかったんだ。


「ふふ…さぁ遊ぼうよ?」
「名前、さん…?」

それは男に話しかけられた翌日の実習中の事だった。オールマイトと相澤先生が今回の実習の説明をしている時の事だった。突然名前さんが苦しみ始めて相澤先生が駆け寄ると名前さんは小刻みに息を短く吐きだして遂には意識を手放した。顔面は白く血の気を引いている。そんな#柚華#さんを相澤先生だ抱き上げた時、2人の足元に魔法陣が浮かび上がり名前さんの首にぶら下がっている鍵が杖になった。

「どういう事だ?!」
「なんで?!名前ちゃん気を失っているのに…」
「どういう事かしら?」

相澤先生が名前さんの事を揺さぶり何度も声をかける。その声に反応した名前さんは目を開けて何かを呟いた。

「“剣(ソード)”」
「何?!」

名前さんが右手に持った杖を細剣に変えてそれに気が付いた相澤先生が名前さんから距離を取るがそれよりも早く名前さんが右手で持った細剣を相澤先生に向かって突く。その細剣は相澤先生の二の腕を掠る。

「名前さん?!」
「佐倉少女何を!!」
「ははっ、何をってなぁに?」

何がどうなっているんだ?名前さんは立ち上がって普段とは違う気味の悪い笑い方をしながら近くの建物に近寄り“剣(ソード)”で破壊している。たった一振り。それだけなのに民家だった建物は完全に崩壊している。名前さんの細剣は何でも斬れて自分の思い次第では岩も粉砕できると言っていたが、実際にその威力は見た事はなかったが見せつけられた俺たちはその破壊力の強さに動けないでいる。

「あははは!流石だよ!これだよコレ!!佐倉名前と言えば無敵に近いカードの能力だよ!!」

狂ったように笑う名前さんは誰がどう見ても普段の名前さんではない。あの人は誰だ…?
名前さんの持っているカードはそれぞれの能力値は勿論攻撃カードは威力も高い。遠中近距離全てを網羅している彼女相手にどうやって立ち向かえるだろうか。先生方も考えあぐねいている。

「轟少年…一体彼女はどうしてしまったんだ」
「わかりません。でも名前さんではない事は確かだ」
「こうなった心当たりは」

相澤先生にそう言われて俺は昨日の男を思い出した。あの男は近いうちにと言っていた。それはつまりこの現状の事を言っているのか?その事と男の特徴を先生に伝えると相澤先生が1人の敵の名前をあげた。そいつの個性は感染で接触した人物の身体の中にウイルスを感染させて感染させた人間を操る事が出来る、と言うものだ。

「厄介な人物に感染したな」
「どうする?名前ちゃんは無敵だよ?」
「魔力を消耗させるのはどうだろうか」

ぞれぞれが戦闘態勢を取って警戒したままどう倒すかを相談していると、名前さんを操ってる男は振り向いてニヤリと厭らしく笑った。

「ねぇ何の相談かなぁ?ねぇ遊ぼうよ」
「何が遊ぶだ名前さんを返せ!」
「返すも何もこの身体はもう僕のものだよ」

そう言って名前さんを乗っ取っている男は名前さんの身体の至る所をべたべたと触り、俺を挑発するように厭らしく笑う。身体は名前さんだとわかっていても中身が違うとなると俺じゃねぇ奴に触られているようで腸が煮えくり返る。下手に攻撃しても傷つくのは名前さんの身体で皆手を出せないでいる中爆豪だけが飛び出して行った。両手を爆破させ名前さんに攻撃しようとする。

そんな攻撃をしたら名前さんの身体に傷が残っちまう。

俺は無意識に右から氷を出そうとしたが、それよりも早く男は“鏡(ミラー)”のカードを出して爆豪の攻撃を鏡に映して逆に爆破で爆豪を攻撃する。そして男は“嵐(ストーム)”で竜巻を起こして生徒たちを散り散りにされる。俺は氷で飛ばされなかったが、他の生徒は完全にこの広い実習場に散らばってしまった。

「クソっ!」
「焦凍くん」
「ぐぁっ!…離れろ!」

真後ろから聞こえた名前さんの声に反応する前に肩に激痛が走る。あの一瞬の隙に間合いを詰められたのか。と顔を顰めて氷で男との距離を取る。細剣は引き抜かれて傷口からドクドクと血が流れている。
“跳(ジャンプ)”で跳んだ男に向かって嵐で吹き飛ばされなかったオールマイトが空間を殴り建物を半壊させる風圧で攻撃するが“盾(シールド)”で塞がれてしまう。

「本当に佐倉少女は厄介だ」
「俺が佐倉の能力を消しますその隙に轟は佐倉に呼びかけろ」
「効果なんてあるんですか?」
「感染されているとは言え佐倉の意思は中にあるはずだ。あの能力は厄介だからかな。外から治すより内から治した方が合理的だ」

オールマイトが名前さんの気を引き付けている間に相澤先生が目薬を注しゴーグルをかける。相澤先生の合図で飛び出してカードが使えなくなった男の足元を凍らせて肩を掴む。その肩は細く俺の知っている名前さんのものだった。

「名前さん!!」
「無駄だよ、君の声は名前には届かない」
「名前さん!返って来てくれ!!」
「しつこいな」

男は何度も同じ呪文を唱える。相澤先生のインターバルの時間を狙ってるんだろう。その前に何としてでも名前さんの意識を呼び戻さねぇと。だが名前さんの意識が戻るより先にカードが光を発して戦闘服のポケットから飛び出す。これはなんの呪文なんだと男を見るがその表情は困惑の色だけで何が起こっているのかわかってないらしい。

「なんだ…?何が起こっているんだ?!」

光り出したカードのうち1枚のカードが自ら姿を変えて俺たちの前に現れた。鏡を持った少女は男に向かって鏡を見せる。その鏡の中には泣いている名前さんの姿があった。

“主を、主を返して”
「お前たちは僕のモノだ。僕のいう事には逆らわない筈だろう?名前はそうやってお前たちを支配してきただからやり方は同じだ!」
“違います!主はそんな気持ちで私達の事を使ったりしません!”

鏡を持った少女が泣きそうな顔をして必死に訴えかける。男のいう事はどれも間違っていて怒りが湧いて出てくる。
名前さんはそんな事を考えるような人じゃねぇ。この男のようにカードをいいように使うような奴じゃねぇ。

「名前!!返って来てくれ!絶対に大丈夫なんだろう!」

いつか俺に言ってくれた言葉は名前さんの口癖のようなもので強くなれる無敵の呪文と言っていた。俺のこの言葉と名前さんの無敵の呪文が届くように叫ぶと、少女が持っていた鏡が割れて中に入っていた名前さんは姿を消した。男の肩を掴んでいた俺の手に温かい手が重なる。

「焦凍くん…ありがとう、ありがとう」
「名前さんなのか…?」
「うん、ちゃんと私だよ。証明しろって言われても難しいんだけどね」

気が付けば少女の姿はなく、光っていたカードたちは名前さんの手元に帰って行く。その様子を見て本当に名前さんなんだと実感し目の前の彼女を引き寄せる。

「心配かけてごめんね」
「ん」
「ありがとう」
「ん」

後日感染の個性を持った敵(ヴィラン)は警察の捜査によって捕まったというニュースが流れ、カードの能力によって破壊された建物は2日も経たないうちに建て直された。

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