サポートメンバーである稔は事務所内外問わず、依頼されればサポートメンバーとして入るといった具合の緩いものである。

そんな彼にも友人と呼べる人物が居て、一方的に慣れ慣れしく話しかけては微妙な反応しかされていないのだが、本人は満足しているようだ。そんな彼から友人と称されてしまった七瀬一真は、『脳内お気楽野郎』という称号を密かに稔につけていた。

一真がビートラップに所属を決めた頃、同時期に所属することになったのが稔である。お互いにギタリストであり年齢も近い為か仲良くなるのに特に時間もかからず、顔を合わせては現状報告をし合い、お互いが暇であれば一緒に練習に行き、ああでもないこうでもないと言い合うくらいには仲の良い関係であった。

そんな日常の裏でとある事件が起きていた。
『脳内お気楽野郎』が突然事務所に来なくなったのだ。
そのことに一真が気付いたのはその事件が既に終わった後で、『脳内お気楽野郎』が何かを経て『脳内お気楽野郎』に戻った時であったため詳しくは知らない。久しぶりに対面した時に「あ、一真じゃん。久しぶり!」と稔が言ったから、そういえば暫く稔と顔を合わせていなかったと気付いたのだ。
それから疑問に思った一真は何故暫く会わなかったのか、その理由を稔に聞いた。

「何と言えばいいんだろう……気付いちゃって、暫く悩んで、馬鹿らしくなった、かな?」

悩んでも仕方のないことだったのだと、稔はなんて事の無いように言った。一真はそのことを深く聞いてはいけないような気がしてそこで会話は終了。一真自身にも直面している問題があったため、そこまで他人の事を考えられるような余裕がなかったと言う方が正しいのかもしれない。
それから稔は今まで通りの『脳内お気楽野郎』に戻った。正確には戻ったのではなく、何かの問題に直面して吹っ切れたと言った方が良いのかもしれないと一真は今になって思う。

「俺はフェアリーエイプリルのギタリストとして、この事務所を辞めることにした」

そう一真が彼に言うと稔は驚いたような顔をして、その後嬉しそうに笑った。

「何だよ。嬉しそうな顔しやがって。そんなに俺が居なくなるのが嬉しいのかよ……」
「いやいや、違うよ」
「俺が辞めるって言ったのにやけに嬉しそうじゃねーか」
「辞めるからじゃなくて、一真が誰かと一緒に居ることを選んだのが嬉しいんだって。お前色々あっただろ?」

稔が言ったことに今度は一真が驚かされる番だった。稔は一真の抱えていた問題を知っていたのだ。『脳内お気楽野郎』だと思っていたが、そうでもなかったのかもしれないと思った一真は内心申し訳なく思った。

「知ってたのか?」
「うーん。なんとなく?でも詳しくは知らない」
「そうか……」
「俺は良いと思うよ」

仲間がいることはいい……と言う稔は何を思っているのか。一真は結局この友人を最後まで理解しきれないままであった。

「お前はこれからバンド組んだり、フリーになったりしないのか?」

お前くらいなら引く手数多だろ?と一真が言うと稔は笑いながら言い切った。

「この事務所の良いところは俺が何かをしなくても仕事が入るとこだよ」

やっぱり彼は『脳内お気楽野郎』で十分だと一真は思った。