俺がギターを始めようと思ったのは小さい頃に父親が趣味で買っていたエレキギターを持たせてもらった時で、今でも昨日の事のようにそのギターの鮮明な赤色を思い出せる。
その割に自分のギターが黒色なのは自分には赤は似合わないからだと思っていたから。
だけど実際に後で確認してみたところ、小学生の時に母親から服を買う際に「赤より黒かなー?」と軽く言われただけであったことがわかった。当の母親も「あんたまだそんなこと気にしてたの!?」と驚いていた。

中学生の時にはライブハウスに入り浸り、大人達と一緒にセッションしたり、弾き方を教えてもらったりと充実したギターライフをおくっていたと思う。色々な技術を覚えていく度にライブハウスに居たお兄さんたちは褒めてくれたし、自分でも嬉しかった。

そんなある日、一人の男が現れた。色々な事を質問され、素直に返していると気を良くした男はとある事務所の社長なのだと、良ければうちに来ないかと名刺をくれた。所詮スカウトというやつだった。

「ビートラップ?」
「芸能事務所だ。君のギターの腕をここで燻らせるのは惜しいと思ってな」
「今以上に色んな人と沢山弾けるんですか?」
「ああ。事務所にはいろんなやつが居るからな」

衝撃を受けた。そうか、事務所に所属すればもっといろんな人と弾けるのか。
やんわり言えば純粋、率直に言えば馬鹿。それが俺。

無事ビートラップに所属が決まり、そこで同時期に入った奴と仲が良くなったが、ギターを一緒に弾いてたことくらいしか思い出せなくて、お互いにギター馬鹿だったんだなって笑えた。
社長がバンドとして活動してみる気はあるか?と突然言い出して、一緒に組むメンバーを紹介してくれた。「上手くいけばメジャーデビューも視野に……」とも言っていた気がするが、俺は聞き流していた。

晴れてメンバー入りを果たした俺。歓迎してくれたメンバー。俺はバンドメンバーとして、楽しくやっているつもりだった。だけどメンバーはそうでもなかったらしい。

「お前の音は型にカッチリとはまっていて、まるで教科書みたいな音だな」

つまらない音。
そう誰に言われたのかはもう覚えていない。仲間だと思っていたメンバーからそう言われたから、そうなのだと思った。個性の無い音なんて、バンドマンにとって、ギタリストにとって致命的だと思う。

つまらなくない音を弾くことが俺の目標に変わった。
だから来る日も来る日も、日夜関係なく、ただひたすら部屋に籠り弾き続けた。つまらなくない音。自分の音。自分の個性を探し続けた。
持っているCDを聴き、楽譜を読み、ギターをかき鳴らす。爪が割れても、ピックが割れても、弦が切れても、弾いて、弾いて、弾いて、弾いて……

そして分からなくなっていた。自分の弾き方だと思っていた弾き方はCDと全く一緒の音。楽譜をみて弾けば癖の無い音。何の変哲もない音。規則正しい音。

「ただの真似事じゃんか……」

俺は弾くのを辞めた。初めて自分で買ったギターは無残なことになっていて、何故だか笑えた。だけどすぐに哀しくなった。それでも涙は出なかったけれども……

つまらない音しか出せないなら音楽を辞めようと思って事務所に行った。
今更行ったところで既に社長からは首を切られているかもしれないと思ったけど、流石に無言で辞めるわけにもいかないと無駄な真面目さを発揮した。そうすることでしか精神を保つことができなかったのだ。

社長である蜂谷と対面した時は勿論こっぴどく叱られた。そして連絡の取れなくなった理由を聞かれた俺はカスカスの声で途切れ途切れに言われたこと、考えたこと、音楽を辞めようと思ってここに来のだということを説明した。
社長は呆れていた。
一生懸命言ったつもりだったのにとショックだったけど、辞めるから関係ないかとどこか他人事のように思っていた。それなのに社長はバンドメンバーを紹介された時と同じようにさらりと言った。

「お前、サポートメンバーになる気はあるか?」
「サポートメンバー……」
「メインのバンドを持たず、様々なバンドのサポートとして入るんだが……」
「それは……俺に、出来ると思いますか?」
「……寧ろお前はそっちに向いていると私は思うがな」

どうするかは自分で決めろ、と社長にしては珍しい寛容さに不思議に思った。いつもなら問答無用でクビ、良くても放任。だけど、社長は俺に違う道を教えてくれた。

「何で俺、クビじゃないんですか?」
「お前を連れてきたのは私だ。それなのに私以外がお前を使おうものなら腹が立つ」

なんだそのジャイアニズム。
その言葉に何故俺がたった一人の言葉で音楽を辞めようなんて思ったのか、いつの間にか馬鹿らしくなっていた。

俺はサポートメンバーとなったことを悔やんではいない。「いつか自分もメジャーデビューを……」なんてことは思っていない。そもそもメジャーデビューということすら頭には無かったから、メジャーを目標に思っていた元メンバー達とは合うはずもなかったのだ。
今の俺なら気付けたこと。でも当時の俺は一緒に音楽を奏でる仲間が居ることが楽しくて仕方がなかった。それだけ。

俺は自分の活かし方を教えてくれた社長に感謝している。社長にとっては「金のなる木を放してなるものか」程度だったのだろうけど、それくらい俺の事を失うのは事務所にとって損失につながると思ってくれているということだ。俺は楽しくギターを弾いてお金を貰える。社長はサポートメンバーという存在が事務所に居る分利益につながる。ビートラップとはこういう形で成り立つ事務所である。