終章


「花が……春を撒き撒きやってきたか」

本を閉じながら何ともなしに言う横光に、棚に本を戻しながら思わず言った。

「馬車に乗ってですか?」
「そうだな……」

それきり黙ったまま図書館のソファに凭れ、目を瞑った横光にまたしても思わず言う。

「私が馬車であれば撒くのは勿体ないと言うかもしれません」
「過ぎた欲は身を滅ぼすぞ」
「それでも人は特別を求めてやまないものですよ」

例えば自分のように……と言うと横光はまるで珍しいものでもみたかのように見てきた。

「あなたにも欲という物があったのか」
「ありますよ。私も人ですから」

正確にはあった、と言った方が正しい。
自分は何よりも特別な存在になりたかった。しかし、自分が本当に求めていたのは特別ということではなかった。そう気付いたのは目の前の彼に再び会うことができたからだ。

「横光さんには是非とも責任を取ってもらいたいものです」
「手前はあなたに何か気にくわぬことでもしただろうか?」
「……いいえ」

手に取った本をなんとなしに開いて捲る。静かな図書館の中にページを捲る音だけが響く。
自分はこの音が好きだった。本の内容を読まないくせにページだけは捲る。それは自分が子どもの時につきっきりで本を読み聞かせてくれたことが嬉しかったからだ。

「今日はお暇ですか?」
「これから何をしようかと思ってな。書をしたためるか、野点をするか、身体を動かすか……」
「ならば私の相手をしてくれませんか?」

ちょうど今作業を終えたので、と続けると横光は珍しいとでも言いたげに自分を見てきた。

「手前に頼みごととは珍しい」

もしや川端のことか?と尋ねてくる横光に自分は首を横に振った。川端に関しては問題ないと横光に伝えたはずだが……とも思ったが、それと同時に「まだ数回程度しか会話をしていない」とも自分が言ったから、横光は仲を取り持とうとしてくれているのかもしれない。
二言目には「川端のことか?」と言う横光に、余程川端に関して何かを言われてきたことが伺える。

「私に本を読み聞かせて欲しいのです」
「本か……しかし、読み聞かせることなどしなくてもあなたは自分で読めるだろう?」

純粋に不思議に思っている横光に自分は最近持ち歩いていた本を手渡した。

「最近やっとタイトルが分かったので懐かしくてですね。良ければ読み聞かせてもらいたいと……」

横光は本を受け取った体制のままジッと本の表紙を見つめ、そして自分をゆっくりと見上げてきた。微かに見開いた目に思わず自分は笑う。

「これもまた、新感覚だと思いませんか?」
「……あなたは初めから気づいていたのか?」

言われた問いに自分が頷くと、横光は「手前もまだまだ修行が足りんようだな……」と感慨深げに頷いていた。