君はリリーを知っているか?


「彼氏作る気になったら教えて! 貢ぐから!」

「喋るときは人の目ぇ見て話せよ」

 まつげが長い。緑色の瞳にリリアンの顔が映っていた。みっともないくらい狼狽しているのがわかる。

「いや、あの……西野」

 男の手に少し力がこもる。そらそうとした視線を力業で縫い止められた。

「隆弘だ。名前で呼べ」

「ほぼ初対面でかなり強引に距離つめてくるね」

「このくらいなら俺は顔パスで許されるからな」

「どっからくるのその自信」

「全身から溢れ出てるだろうが」

――うわぁ、残念なイケメンだぁ。

 女が本日三度目の言葉を脳裏に思い浮かべた。極力コバルトグリーンを視界にいれないよう努力しつつ、ニッコリと笑みを浮かべてみせる。

「なんで私に声かけたのか、理由きいていい?」

 隆弘は彼女の顎から手を離さず、口の片端だけをクッとあげて挑発的な笑みを浮かべた。

「こわれないオモチャが欲しい」

 女が即座に隆弘から離れようと手足をバタつかせる。

「はいアウトー! アウトだよこれぇ! 私そんなに頑丈に見えますかー! 告白してきた子にそれ言ってみなよ! ある程度ふるいにかけられるよ!」

 しかし彼女がどんなに必死に暴れても隆弘の手はビクともしなかった。男の顔がリリアンの至近距離に固定されている。

「あいつらダメだ。騒ぐばっかでなんもありゃしねぇ。すぐ飽きちまうぜ」

「うっわぁー! 完っ璧にアウトですわー! 遠慮しますぅうっ!」

 隆弘の手がリリアンから離れた。

「すぐに気が変わるぜ」

 彼女は3歩後ずさりして男から距離を取る。

「どっからくるのその自信!?」

「だから全身から溢れ出てるだろうが」

 いくらリリアンが声を荒げても、隆弘のなかでは決定事項のようだ。彼はタバコの煙を吐き出して灰を携帯灰皿に押し込める。

「今回の件は一応警察に言ったほうが良いと思うが、アンタの自由だぜ。どうする?」

「いきなりマトモなこと言い出すねこの暴君は」

「なんだ、口説いてほしいならそう言えよ」

「ちがいますー! 勘違いですー! それと警察にはいきませんー!」

「いいのか? また絡まれるかもしれねぇぜ」

「モデルガンで脅されただけだし、これからは大通り歩くようにすればああいうのには絡まれないでしょ」

 警察に言って事情を話せばネズミのことまでバレてしまうかもしれない。警察とはいえこの件に関してはまったく信用できない。できれば内密に済ませたかった。この程度なら、調子に乗った観光客に絡まれてしまったと言って通るだろう。
 隆弘が猫の顔を模しているポケットに手をつっこんだ。体勢だけみればすばらしいシルエットなのだが、デザインがデザインなのでまぬけに見える。

「そうか」

「うん。だいたいさっき警察から帰ってきたばっかりなんだよね。また行くのめんどくさい」

 男が喉の奥でククッ、と笑った。

「俺も今警察から帰るところだぜ。多分同じ理由でな。家まで送ってってやるよ」

「大丈夫。こっから大通りだし」

「よく聞こえねぇな」

 隆弘の腕がリリアンの手を掴み、大通りにむかって歩き出す。女は声を荒げた。

「私に拒否権ないんだ!?」

「この俺直々の提案だ。ありがたく甘受しろ」

「聞いてよ! いいよ、西野だって家に帰る途中なんでしょ!」

「隆弘だ。家がお前ン家のはす向かいなんだよ」

「……まじか」

「ああ」

「全然、気づかなかったわー……」

 これでリリアンには彼の提案を断る理由がなくなってしまった。男はリリアンの思考に気づいたのか、笑みを浮かべて目だけでリリアンを見る。その横顔が勝ち誇ったように見えて、彼女は唇を噛み彼の笑みから顔を背けた。
 隆弘が歌うように言う。

「だから、その気になったらいつでも駆け込んできてくれてかまわねぇぜ。お前なら歓迎してやるよ」

 リリアンが口を尖らせて答えた。

「彼氏作る気になったら教えて! 貢ぐから!」

 直球の断り文句を言われたのにも関わらず隆弘は上機嫌だ。

「すぐに気が変わるぜ」

 それだけ言うとまたリリアンの手を引いて歩きだしたのだった。
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