「ねぇ……ほんとに行くわけ?」
「あったりめーだろ!あんな意味わかんねーことを意味わかんねーままにしておけるかよ!」
力強く頷いた竜司が改札を抜けるのに続いてICカードをかざす。朝の通勤ラッシュに巻き込まれながらなんの話をしているかというと、竜司と転校してきたばかりのクラスメイトである来栖クンが遭遇したという不思議体験についてだ。
昨日あたしが仕事で遅刻してきた少し前。竜司と来栖クンも遅刻してきたらしいのだけれど、その理由がどうにもよくわからないというか、信じられないのである。竜司の話だと駅でたまたま来栖クンと会って、道案内がてらいつも通りの通学路をいつも通りに進んだらなぜか行きついた先が学校ではなく城だったとか。もう、この時点で意味が分からない。しかし竜司は遅刻することやさぼることをなんとも思っていないので、その言い訳のためにこんな手の込んだ嘘をついているわけでもなさそうなのがまた謎を深める原因になっている。漫画の読みすぎじゃない?とか一瞬考えたものの、さすがに現実とフィクションを混同してしまうほどあたしの幼馴染は子供じゃないと思いたい。「疑うならあいつにも聞いてみろよ」なんて言われてしまったけれど昨日会ったばかりの人に「学校じゃなくて城に行ったってほんと?」なんて聞けるはずがないじゃないか。確実にこちらがやばい奴だと思われてしまう。
「まぁ最初っから信じるとは思ってねーよ。だから放課後集合っつってんの」
「はぁ……まぁ、今日オフだからいいけどさ……」
逆に言うとオフなのにそんな得体の知れないなにかに付き合わされるのかあたし。

 結果から言うと、今日一日来栖クンと話す機会はあったものの肝心の話題については触れることができなかった。話した内容と言えば落ちた消しゴムを拾ってほしいとかお昼はなにを食べるだとか、そんな他愛ない日常会話だ。来栖クンは転校生というだけでも注目を集めているのに、そこへ噂の力も相まって避けられているにも関わらず常に誰かしらの視線に晒されひそひそと噂されてしまうというあまりよろしくない状況におかれていた。そんな時に今朝の話題を振ってもみろ、間違いなく変人扱いされてしまう。あたしとの会話でそんな風に思われてしまうのは嫌だ。というわけで仕方なく好奇心を抑えて放課後になるのを待っていたわけなのだけれど。
「……あ。来栖クン来たよ」
「よう」
「えっ……待ち伏せ?綾木さんまで……」
「人聞き悪ィこと言うなよ……」
ご指摘通り、あたしと竜司はこうして校門前で彼が出てくるのを待っていた。あたしに関しては同じクラスなのだから声をかけて一緒に出てきてもよさそうなものだったけれど、要件が要件なのでなんとなく先回りして待つような形をとってしまっていて。これは誰がどう見ても来栖クンが言う通り待ち伏せである。
「あそこがなんだったのか、どうしても確かめてーんだ」
「……」
「鴨志田のヤロウと関係があるって思ったらなかったことにはできねー」
「鴨志田か……」
「こんなんお前にしか相談できねーし、付き合ってくんねーか」
「いいけど……綾木さんも一緒に?」
首を傾げた来栖クンの疑問はごもっともだと思う。お前にしか相談出来ないなんていっておきながらすでにあたしに相談してしまっているじゃないか。それに話を聞く限りだとその城というのはなかなかに危険な場所らしいし、あたしが行ったところでなにかの役に立てるとは思えない。ただまぁなにを考えているのかよくわからないけれどあたしも全く興味がないと言えば嘘になる。
「ほら、こいつ一応女優やってるし?撮影のセットとかそういうの詳しそうじゃん」
「えっなにあたしそんな理由で連れていかれるわけ?」
「うるせーな少しでも情報がほしいんだよ!それにお前成績もいいし俺よりはもの知ってんだろ」
「竜司と比べたら誰だって物知りだよ」
「お前ほんっと可愛くねーな!」
「……綾木さん、女優なんだ」
「いや今そこ驚くか……?」
呆れるように言葉を放った竜司に来栖クンは「あまりテレビ見ないから」と申し訳なさそうに苦笑いした。あたしを女優と知っている同年代はなんだか妙にそわそわしていたり変にプライベートに踏み込むような話をしてくる人が多いのだけれど、来栖クンにそういう素振りが全く見られないのは知らなかったが故かと勝手に納得する。実際知名度が爆発的に上がったのは去年戦隊もののイエローをやらせてもらってからだし、まだまだあたしのことなんて知らない人がたくさんいて当たり前だ。むしろ知らなかったならそのままでいてくれた方が気楽だったりもするので竜司の突然の暴露を少し恨めしくも思った。
「とにかく、昨日の朝の道順を歩き直してみよーぜ。お前駅まで歩きだろ」
「あぁ」
「ただ歩いただけじゃ普通に学校着くんじゃないの?」
「やってみなきゃわかんねーだろ」
こうして、竜司を先頭に昨日の現場検証にも似たなにかが始まった。

 結構時間は経ったと思う。校門前から駅まで歩いて、再び学校へ向かって歩くというのを二往復もした。駅徒歩五分の好立地とは言ってもさすがにただ二往復すると飽きるし疲れるというのが正直な感想だった。道中周囲を注意深く観察してみたが城なんて景色から浮くような建造物はなかったように思える。普段この通学路を意識して見たことがなかったのは事実だけれど、目を向けたところでおかしなものはなにもない。強いて言うなら途中の路地裏が怪しい気がして二回目に通った際に先の方まで見渡してみた。まぁ、通学路の景色としては相応しくないラブホの群れが見えただけだったのでやはり成果とは言えないのだけれど。結局それらしいものはなにも見つけられないまま校門前に戻ってきてしまい、三人で生垣にもたれて作戦会議を開く。
「……ねぇ、ほんとにこの辺なの?」
「なんか自信なくなってきた……」
「うっそでしょ!?……はぁ、携帯で調べてみよっか」
「もうやった。それっぽいのは見つからねーよ……って、携帯?」
「?」
「なぁお前!あん時ナビみたいのつけてたろ!」
「え?俺……?ナビ?」
急にテンションが上がったらしい竜司は跳ねるように立ち上がると昨日聞いたというナビの音声の説明を始めた。どうやらその城から戻った際来栖クンの携帯から「ホームへ帰還しました」というアナウンスが流れたらしい。ナビが起動していたとしても案内通りに進んだわけではないのだから関係ないのでは?と思ったけれど、数少ない手がかりのようなので黙ってやり取りを見守る。あまり心当たりがないようなリアクションの来栖クンからなかば奪うように携帯を借り受けた竜司はとあるアプリを見つけて勝ち誇ったような声を上げた。
「この目ん玉みたいなの、ナビじゃね!?ほらお前の検索履歴も残ってるし!うわぁ〜やべぇ俺天才すぎんだろ……!」
「落ち着きなよ……ほんとにそのナビ関係あんの?」
「多分な!とりあえずこれ使ってみようぜ!」
「いいけどそれ、いつの間にか入ってたんだ……嫌な予感がするな」
初対面で竜司に対して物怖じせず話せているあたり肝が据わってるなぁなんて思っていたのでここで心配そうにアプリを覗き込む来栖クンが少し意外だった。なんとなく表情が乏しいというか、落ち着きすぎている印象だったのだけれど案外そうでもないのかもしれない。二人で画面をいじっているのをしばらく眺めていると唐突に女性の機械音声が響いて思わず立ち上がる。
『カモシダ……シュウジンガクエン……ヘンタイ……シロ』
「えっ、ちょ、なに??」
『ナビを開始します』
きっぱりとアナウンスがそう告げた直後、視界がぐにゃりと歪んだ。比喩ではなく景色がぐらぐらと陽炎のように揺れている。思わず目の前にいた来栖クンの腕を掴んでしまったけれど不安そうにしながらも自分と竜司の間にあたしを引っ張り入れてくれた。この信じられない光景は数秒であっさり落ち着いてきたので、二人の表情を伺いながらちらりと学校の方を振り返る。
異変の収束があまりに早かったので、曇り空とはいえいくら何でも薄暗過ぎはしないだろうかなんて暢気なことを考え始めていたあたしの目に飛び込んできたのは、まさに先ほどまであたしたちが探していた【城】だった。