墓場 - deer

良い子は俺の夢だけ見てろ

お世辞にも綺麗な人生を送ってきたとは言えない。もう少しやりようがあったのではないかと今なら思える。あの頃の俺にはそれが精一杯で、ヤクザとして生きる道しか選ぶことができなかった。

「...いづみ」

人の気も知らずに眠る最愛を呼ぶ。カレーがと唸る女が愛おしくて仕方ないのは一種の病気なのだろう。
この魅力に初めに堕ちたのは自分だというのに、他にも同じ気持ちを孕んだ野郎がこの屋根の下には多すぎる。
映画鑑賞と少なくはない下心を持って誘ったというのに、ソファで寝落ちされてはどうしようもない。

「ったく、風邪引いても知らねえぞ」

再会する前は幸せでいてくれさえすればいいと心から願っていた。どうにかこの繋がりを失くしたくなくて金の工面をした。お前と過ごしたこの場所を守りたかった。
それが再会した途端どうだ。欲は止まることを知らない。守りたいという気持ちから始まったのに、今では触れたくて堪らない。

「ほら、起きろいづみ」

嘘だ。このまま起きなければいい。そうすれば堂々と触れられるから。
そんな理由を用意しないと触ることも出来ない。焦がれているのに、汚れた俺にその資格は無いのだと、誰よりも分かっているのだ。

「さきょ......かれー...」

「カレーってお前なあ...」

続く言葉に笑いこそすれ、好きな女の夢にもいられる事実に思わず口元を隠す。誰に見られているわけでもない。ただ、この幸せを見るのはたった1人で十分だと思う。
結局離れられないのだ。思うままに触れてしまえばいい。壊れないように、壊さないように、幸せそうな寝顔に手を伸ばす。
好きだと伝えられたらどんなに良いだろうか。それに応えてもらえたら、俺は空だって飛べるのだろう。愛してるなんて口が裂けても言えない代わりに、ありったけの好きを伝えたい。

「良い子は俺の夢だけ見てろ」

精一杯の口づけは髪の先だけ揺らしていく。いつかは桜色へ届けたい。深くなる夜へ向かって、静かに願わずにはいられなかった。

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