今日もほとんど利用者のいない図書室。
静かな空気の中書庫の整理を進めていると、専用の寝床から起き上がった凛月くんが明日の天気でも聞くみたいに俺に尋ねた。

「青葉のお兄ちゃんはさぁ、菜々が好きなの?」
「っ!? 突然何を言い出すんですか、凛月くん」
「動揺しすぎでしょ、わかりやすいなぁ」

思わず手元の本を取り落としそうになって慌てる。
くすくすと笑う凛月くんに悪意はないようで、タチが悪い。

「そういう凛月くんだって、彼女のことは好きでしょう?」
「まぁね。菜々って、抱きしめるといい匂いがするんだ……♪」
「凛月くんもアイドルなんですから、あまり気軽に異性に抱きつくのはどうかと思いますよ?」
「俺はこういうキャラだから。ふぁあ、ふ……それで、なんだっけ」

なんですか、自慢ですか。
なんて、思わず口をついて出そうになった言葉を堪える。
きっと凛月くんがこの話をしてきたことには意味がある、そんな気がして、欠伸をする彼の次の言葉を待った。

「ああ、そうそう。菜々の話なんだけど。青葉のお兄ちゃんとならまぁ、協定を結んでもいいかなぁって思ってるんだよねぇ」
「協定、ですか?」
「そう。菜々に群がる他の悪い虫を追い払って俺と青葉のお兄ちゃんのものにしちゃおう作戦」

にやりと笑う表情はいたずらっ子のような年相応の幼さも感じる。
内容は些か物騒な気もするのが怖いところだ。

「彼女の意思もあるでしょうし、無理矢理はどうかと思いますよ?」
「じゃあ、菜々がどこの馬の骨とも知れない奴に取られちゃってもいいんだ?」
「それは……」
「俺は嫌。だからなるべく変な虫がつかないよう、菜々を守る必要があるよねぇ」

歌うように言葉を並べる凛月くんには迷いがない。
いつかの英智くんにちょっと似てる気がした。

「その騎士の役目はまぁ、俺一人でもいいんだけど。ちょっと分が悪い相手がいるからさ……青葉のお兄ちゃんとなら協定が結べるかなって」
「凛月くんに選んでもらえたのは光栄ですよ」
「……へえ?」

賛成とも反対ともとれない言葉を返せば、凛月くんはスっと目を細めた。

「俺、青葉のお兄ちゃんとはあんまり戦いたくないんだけど」
「戦いって。みんな本当に好戦的ですよね」
「でも、譲る気はないんでしょ……じゃあ仕方ないけど戦うしかないよねぇ」

仕方ないなどと口にしながらもどこか楽しそうで、小さく溜息をついた。
手元の本を本棚へとしまい、凛月くんに対峙する。

「凛月くん。俺はただ、彼女が幸せになればいいなって思ってるんです」
「それで?」
「凛月くんの出番はないと思いますよ。残念ですけど、こればっかりは邪魔させません」
「……言うじゃん」

少し目を見開いた凛月くんは、直ぐにいつも通りの表情に戻ると眠そうに欠伸をした。

「交渉決裂だねぇ」
「そうですね」
「まぁいいや。じゃ、青葉のお兄ちゃんもせいぜい頑張ってよねぇ」
「はい、凛月くんも頑張ってくださいね。ああ、本筋のアイドル活動も」

ひらひらと手を振りながら出ていく凛月くんを見送る。
俺も、うかうかしていられませんね。
なんて柄にもなく気合いを入れ直した。とりあえずは今晩、彼女に連絡を入れてみようか。

- 私たちのさしすせそ



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