「…俺はさ、あの人のこと好きでも嫌いでもないよ。ただ、距離が離れすぎて向ける感情がわからないんだ」

目を伏せながら独り言のように静かに話すスイを私たちは黙って見つめる。

自身の母親を“あの人”なんて呼ぶのは端から見ればおかしな話だけど、そう他人行儀で呼ぶだけの理由を私たちは知っている。

イッシュを代表する大女優であるスイのお母様は、家族より女優業を優先させる人だった。

スイが熱を出して寝込んだときも、誕生日も、久しぶりに家族で出掛けると嬉しそうに話していたのに結局約束が駄目になってしまった日も。

いつも、お母様の姿はいなかった。

その度に忙しいからしょうがないと笑っていたけれど、瞳の奥には寂しさが見えていて。

…そして、いつからかスイは自身の母親のことをあの人と呼ぶようになっていて。

(…向ける感情がわからない、だなんて)

親子としてほとんど過ごす時間がなかったから。気が付けばこんなにも距離が離れ、母と息子なんて名ばかりの関係になってしまっている。

「こんなこと言われても困るよな。辛気くさくなってごめん」

「ねえ、スイ」

いつものように笑い、話を切り上げようとする幼なじみを真っ直ぐに捉えれば、じ、と視線が交錯する。役者として数々の表舞台に立ち、芝居の才能を如何なく発揮しいろんな仮面を被ってきた彼の灰色がかった青色の瞳は幼なじみの私たちでさえ真意を探ることは難しい。

「私は、貴方にそんな顔で笑ってほしくないわ」

寂しそうに、感情を押し殺して笑う幼なじみの姿は役のなかだけで十分だから。

「スイは笑うの下手だよね。特にこうやって誤魔化そうとするときは」

「…あのさ、俺役者なのに下手とか言われるとすごく傷付くんだけど」

クダリをじとりと恨めしそうに見るスイになんだか可笑しくなって思わず笑ってしまう。

「私もクダリに同意見でございます。スイ、貴方は役者として類い稀な才能をお持ちですが、私たちに時折みせる笑顔はそれこそ三流役者が演じているようでひどく不恰好ですよ」

「ノボリは上げて落としてくるなあ…。自分では上手く笑えてたつもりだったんだけどな」

はあ、と降参したようにスイはため息を吐き出しどこか遠くを見るように視線を私たちから宙へと向け、ぽつりと静かに言葉を紡いでいく。紐解くのは、いつも笑顔で本心をはぐらかしてきた幼なじみが抱えてきた暗い感情。

「…役者を目指すようになって、周囲から否応なく向けられる嫉妬、期待にあの人の存在が重荷になっていったんだ。それに、 どこにいっても大女優の息子といわれて俺自身をみてくれる人はあまりいないし、当然のように比べられるしさ。情けない話、あの人に対して劣等感もあるんだ」

スイは私たちに振り返り、苦笑いする。ああ、やっぱり私たちの幼なじみは

「…周りから向けられる目は覚悟していたんだ。でもそれはしていた“つもり”で、何一つ覚悟なんて大層なものはできていなかったんだ」

馬鹿だよなあとスイは言葉と共に息を吐き出す。
長年ずっと心の奥深くに溜め込んでいた本音は、やっと

脳裏に思い浮かべているのは

「…ですが、スイも様々な役を演じるその姿はそれこそお母様に劣ってなどいませんよ。これは決して幼なじみの贔屓目ではございません。役者としての貴方を側で見てきた者の一意見でございます」



「ありがとう。でも俺はまだまだだよ。少なくともあの人の背を見つめて最初から諦めてるようじゃね」

「俺、三人が幼なじみで本当によかったよ。ありがとう」

───いつも一人で抱え込んでしまう幼なじみが







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