───異聞帯。剪定された事象、歴史の残滓。不要と切り捨てられた、あり得ざる歴史の断片。

人類最後のマスターである彼女の命題は、異聞帯における"王"を倒し楔である空想樹を切除すること。空想樹を切除すれば、異聞帯を維持できなくなる。それは、即ち───異聞帯を、一つの世界を滅ぼすということ。

(……あまりにも、重荷すぎる)

いや、重荷という言葉だけで片付けられないだろう。人類最後のマスターが背負う業は、その華奢な身体を押し潰そうとしている。

焼却された未来を取り戻した筈だった。全てが緩やかに、穏やかに終わりに向かう筈だった。

白紙化された人類史。───何もかもが、覆された未来。

「タケル」

突如呼ばれた声にゆっくり顔を上げれば、苦笑するように眉を下げ、凪いだように笑っている琥珀色の瞳と視線がかち合う。

「…どうした?立香殿」
「それはこっちの台詞だよ。さっきから眉間に皺が寄ってる」
「む………」

せっかくの美少年が台無しだよ、なんて笑う立香殿に俺もつられて小さく笑う。サーヴァントである俺がマスターに気を使われるとはと内心で自嘲し、一つ息を吐く。

「立香殿」

マスターの名を呼べば、どうしたの、と少し首を傾げた立香殿の赤橙色の髪がさらりと揺れる。

「…英霊は人理の影法師。いつかは地上から消える定め。であればこの身散りゆくまで、人類最後のマスターに尽力しよう」

俺の言葉にいつもの快活な笑みを浮かべているものの、その表情が僅かに泣きそうなのは、恐らく気のせいではないのだろう。

「頼りにしているよ、タケル」
「勿論だ。我が祖先から賜った神剣、立香殿のために」

ありがとう。そう礼を述べた立香殿の笑みは、いつも通りの明るさを取り戻している。

突如コンコン、と控えめに扉をノックする音。立香殿が扉を開ければ肩越しから薄花桜色の髪が視界に入り、「先輩、」と決意を宿した力強い瞳が立香殿を見上げる。

「…大丈夫。ありがとう、マシュ」

培われた二人の絆の前に言葉は不要なのだろう。フォウ殿と一緒に去っていくマシュ殿の後ろ姿を見送りそっと扉を閉めた後、立香殿は、ぱん、と自分の顔を両手で叩く。

草薙の剣を握り締め、彼女の姿を映しながらゆっくりと息を吸い込み口を開く。

「───さあ、」

例え悪だと罵られようと。周囲から石を投げられる戦いであろうと。

人類最後のマスターと共に、全てを取り戻すために。

「其方の世界を救いにいこう、マスター」


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