「人理修復という偉業を為し遂げた人類最後のマスターが、剪定事象とはいえ世界を滅ぼしにゆくとは実に一興じゃないか」

少し離れた位置にいる彼から言われた言葉にわたしは俯いて唇を噛み締め、膝の上に置いた手を握り締める。

"世界を滅ぼしにゆく" 

何をどう言い繕っても、彼の言う通りだ。わたしは、世界を滅ぼしにゆく。確かにその世界に生きている人達がいるのに───わたし、は。

「はは、今更何を愁うことがある。人類史は白紙に戻され、お前の偉業もまた無に還った。───であれば、それらを奪った相手に復讐する道理は存分にあろう」

淡い金の瞳が、つ、とわたしに向けられる。その瞳の奥の向こう側、復讐者のクラスを冠した彼の憎悪の炎がまるでわたしを誘うように揺らめいている。

(───…復讐)

さよならを言えなかったあの人を喪いながらも、掴んだはずの未来。白紙化された人類史。

彼らが憎いか、と問われればわたしは首を横に振るだろう。だって、わたし達の旅路を見守ってくれていたあの人が。

『───君の未来を、愛しているよ』

朧気な夢の記憶。けれど、確かにあの人が紡いだ言葉。

「…わたしは、憎いからロストベルトを滅ぼすんじゃない。そんな感情で彼らに挑まない。未来を取り戻すために、わたしは立ち向かう」

そうでなければ、わたし達の未来を慈しんでくれたあの人に顔向けできない。多くの未来に打ち克ってわたし達の未来を取り戻すためにまだ戦っていると、時間神殿でわたし達を見送ってくれたあの人だけに届けばいい。

「は、つまらぬマスターだな」
「ええー…そう言われましても…」

嘲笑しているものの、彼の表情は僅かに柔らかさを帯びている。けれどそれは、他の人が見れば気付かないほどの本当に微々たるもの。彼の些細な表情を読み取れるぐらいにはマスターとサーヴァントとしての付き合いは長いのだと改めて実感する。

「…ありがとう、アヴェンジャー」

へらりと笑えばお礼の意味が分かったのであろう淡い金の瞳がわたしを一瞥するも、何も言わず視線を横に滑らせる。

きっと"復讐"という名義を掲げてロストベルトを滅ぼせば、罪の意識は薄れるのだろう。だからわたしに復讐する道理がある、なんて言ったのだ、彼は。

分かりづらい優しさだなあと苦笑すれば、わたしの考えていることを感じ取ったのか剣呑な目を向けられる。

突如コンコン、と控えめに扉をノックする音。扉を開ければ可愛い後輩の姿が視界に入り、「先輩、」と決意を宿した力強い瞳と視線が交わる。

「…大丈夫。ありがとう、マシュ」

何も言わずとも分かる。フォウくんと一緒に去っていくマシュを見送りそっと扉を閉めた後、ぱん、と自分の顔を両手で叩く。

「───さあ、」

彼がゆっくりと口元に弧を描き、淡い金の瞳が楽しそうに嗤う。黒を基調としたわたしの礼装と夜を映したような彼の色彩が、静かに揺らめく。

「世界を滅ぼしにゆくか、マスター」






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