「凛、誕生日おめでとうございます」 「凛ちゃん、誕生日おめでとう」 「希ちゃん海未ちゃん、ありがとうにゃー!」 同じユニットを組んでいる二人の祝いの言葉に凛は夏の太陽のように眩しい笑顔を向ける。 海未と希は可愛い妹分の笑顔につられて笑みを浮かべ、小さな頭を撫でれば「にゃー…」とくすぐったそうに目を細める凛にお互いくすくすと笑う。 「さて凛ちゃん、うちと海未ちゃんからの誕生日プレゼントはな」 翡翠色の優しげなたれ目を閉じ、何か意味ありげにゆっくりと言葉を紡ぐ希に凛はドキドキと胸を高鳴らせる。そんな凛とは反対に海未は視線をさ迷わし、恥ずかしげに頬を紅く染めているが。 「の、希…。本当にやるのですか?」 「もう、ここまできて往生際が悪いよ海未ちゃん。そんな子には〜…」 「わ、わかりました!わかりましたからその手をやめてください希!」 「うーん残念。海未ちゃんをわしわしできる機会なんてそうそうないのに…。まあ、それはさておき」 仕切り直しといわんばかりに希は息を吸い込み。 「さて、凛ちゃん」 「にゃ?」 「今日一日、うちと海未ちゃんは凛ちゃんのお姉さんになるで!」 突然の宣言にぽかんと口を開ける凛と、満足そうに頷く希。対して、不安げな表情を浮かべる海未。三人の表情は三者それぞれだ。 「希ちゃんと海未ちゃんが、凛のお姉ちゃんになる…?」 「今日だけですけどね」 「さあ凛ちゃん、遠慮せずにうちらのことをお姉ちゃんって呼んでええんやで」 ぽかんと口を開けて二人を見つめる凛に海未は、この提案は失敗だったんじゃないかと内心ため息をついたと同時。 「にゃーー!!海未お姉ちゃん!希お姉ちゃん!」 「り、凛…!」 「おやおや凛ちゃん、随分積極的やな〜?」 二人の先輩、もとい姉(一日限定だが)に元気よく抱き付く凛に海未と希はしっかりと受け止める。 少女の表情からは喜びと嬉しさが見てとれ、海未と希はお互い顔を見合わせて小さくはにかみながら笑った。 「凛ちゃん、何かしたいことや行きたいところある?なんでもええよ」 「ふふ、凛が望むことをなんでもやりましょう」 「えーっとね、凛、海未お姉ちゃんと希お姉ちゃんとラーメン食べに行きたい!それからスポーツもやりたいし、でもでも二人とゆっくりお話しもしたいし…」 「凛、時間はたくさんあるので大丈夫ですよ。ではまずはラーメンを食べに行きましょうか」 「リリホワ姉妹、いっくにゃー!」 「ふふ、そのリリホワ姉妹っていうのええね」 待ちきれないのか走り出そうとする凛を海未はたしなめる。その光景を希は微笑しながら見つめ、うまくいってよかったと凛の誕生日を祝うために海未と話し合いをした日を思い出す。 * * * 「さあ、海未ちゃん。来るべき凛ちゃんの誕生日に向けて会議を始めよか」 「言い方が少し大げさなのはこの際おいておきましょうか……凛の誕生日…そうですね、山登りはいかがでしょう?紅葉の季節にはまだ少し早いですが、山を登ることで大自然の美しさを感じることができ、良き思い出にーー…!」 「海未ちゃん、ストップストップ。山登りは海未ちゃんが行きたいんと違う?それはまた今度にして、凛ちゃんの誕生日やし別のことにしよか」 ね?と希に柔らかい微笑を向けられれば、ふんすと意気込んでいた海未は「そうですね…」といつもの落ち着きを取り戻す。 (山登りコースは回避できたで、凛ちゃん……!) 心の中でガッツポーズをし、今ここにいない凛に向けてメッセージを送る。 もし凛がいれば見事な連携プレーで山登りを阻止し、ハイタッチを交わす勢いだっただろう。 「山登りはとりあえずおいといて、海未ちゃんは他に何か案がある?…海未ちゃん?どうしたん?」 正座をしながら長い睫毛を伏せ、佇む姿は正に大和撫子。が、その表情はどこか浮かないもので、希のことが問いかけに少しばかり歯切りの悪い返事をし、海未は静かに話し出す。 「…私はいつも練習で凛に厳しくしてしまいますから、誕生日ぐらいあの子が喜ぶことをしたいのですが…ふふ、私だけではうまくいきそうにないですね。希がいてくれてよかったです」 冗談交じりに言葉を溢し眉を下げ苦笑する海未の姿を希は翡翠色の瞳に映す。 練習で厳しい指示を飛ばすのも、それはμ'sのメンバーを思ってからのこそ。自分にも他人にも人一倍厳しい少女のことを凛だけではなくμ'sのメンバーは誰一人嫌うはずがない。 希はふ、と口元を緩め、真面目で不器用な少女にゆっくり語りかける。 「海未ちゃんが凛ちゃんを思う気持ちをうちがわかっているように、凛ちゃんも絶対にわかっているよ。それに二人寄れば文殊の知恵!うちだけじゃいい案は浮かばないしね。海未ちゃんがいてくれてよかったよ」 「ふふっ、それをいうなら三人寄れば、じゃないですか。…ありがとうございます、希」 普段はおちゃらけていて掴み所のない希だが、一年とはいえやはり先輩。今度は作り笑顔ではなく心から微笑する海未に希もにこりと笑みを浮かべる。 「プレゼントはμ'sの皆でパーティーをするときに渡すから、なるべくなら物やなくてうちらでできることで凛ちゃんの誕生日を祝いたいんやけど…」 「ありきたりですが、三人でどこかへ遊びに行くというのは?」 「お、ええね。海未ちゃんと凛ちゃんさえよければそのままうちの家に泊まっていってもええし」 「ふふ、それは楽しみです。私達、なんだか仲の良い姉妹みたいですね」 「姉妹…?それや!海未ちゃん!」 「な、なんですか?」 ううむと悩んでいた希だったが、海未の“姉妹”という言葉に拳を握りしめ、ピッと勢いよく取り出したのはお馴染みタロットカード。 「カードからのお告げや」 「の、希…?」 神妙な面持ちをする希に海未はおずおずと声をかけるも長い睫毛を伏せるだけで返事はなく、数秒後、希はゆっくりと口を開く。 「うちらから凛ちゃんへの誕生日プレゼントは、うちらが凛ちゃんの姉になることや!」 * * * (海未ちゃんを説得するのは大変やったけど、凛ちゃんは喜んでくれたし海未ちゃんも満更でもなさそうやないしよかったわ) 一人うんうんと頷き、まるで本当の姉妹のように仲つむまじく歩く海未と凛を見、ふ、と希は満足そうに口角を上げる。 「?希? 何をにやけているのですか?」 「希ちゃん、何考えてるの?あ、今から行くラーメン屋のこと!?あのね、凛の行き付けでオススメのところだよ!そこの醤油ラーメンがすっごくおいしいの!もちろん他のもおいしいんだよ!」 「ふふ、凛ちゃんと海未ちゃんのこと考えてたんよ。凛ちゃんオススメのラーメン屋なら間違いないやろうね。楽しみやわ」 そんな会話をしてる間に今しがた話題にあがっていたラーメン屋につき、凛が元気よく店主であろう男性に挨拶をする。 男性はいかにも職人気質といった風貌でぶっきらぼうに返事をするも、目尻は僅かに緩ませている。 「おじさん!凛は醤油ラーメンね!それで今日は部活の先輩…じゃなくてお姉ちゃんたちを連れてきたの!」 「り、凛!そのような紹介の仕方は誤解を招いてしまいます…!」 「姉といっても今日一日限定ですけどね。私、東條希です」 「申し遅れました。私、園田海未と申します」 二人の少女はわざわざ立ち上がり、ぺこりと礼儀正しくお辞儀をする。そんな二人を店主は横目でちらりと見、無愛想に注文は?と促す。 「えっと…私は味噌ラーメンでお願いします」 「じゃあ、私は豚骨ラーメンで」 何も言わずに厨房に入っていく店主を三人は見届けた後、こそりと小声で話し合う。 「何か失礼をしてしまったのでしょうか…」 「うーん、ちゃんと挨拶はしたんやけどね」 少々不安げな表情を浮かべている海未と希に、凛はそんな心配は無用といわんばかりににっこりと笑っている。 「おじさんは元からああいう性格だから気にしないで?それに、海未お姉ちゃんと希お姉ちゃんが美人だから照れてるんだよ」 ふふんと何故か自慢気に鼻を鳴らす凛に、海未は頬を赤らめ、希も珍しく照れたように笑い。 そうこうしてる間に厨房からは食欲をそそる匂いが沸きだつ。ラーメンが三人の目の前に置かれ、いただきますと手を合わせ麺を口に運ぶ。 「んーーっ、やっぱりおいしい!」 「コクがあるスープによって麺がより引き立っていますね…本当に美味しいです」 「濃厚やけどしつこくないから食べやすいしね。うん、ほんまに美味しい」 三人は舌鼓を打ちながらラーメンを食べ、仲良く交換しながら和気あいあいと食事を楽しむ。 お腹を満たし満足したところでそろそろ会計しようと立ち上がり三人は財布を取り出そうとするが、無骨な大きい手が「お代はいい」と少女らを制す。 「…今日はその嬢ちゃんの誕生日なんだろ?サービスだ」 「あれ?おじさん、今日が凛の誕生日だって言ったっけ?」 凛の疑問に店主は「この前来たときに大っぴらに宣伝してだだろ」とぶっきらぼうに答えるも、目尻は緩んでいる。 また食べに来てくれと店主の言葉に少女らは元気よく返事をし、次はどこに行こうかと楽しそうに話しながら秋葉原へと繰り出す。 その後ろ姿は本当の仲の良い姉妹みたいだと思いながら、店主は目を細めて見送った。 * * * 「さすがの凛も疲れたにゃ〜…」 「うちも〜…」 ラーメン屋で食事をした後、スポーツをしたり買い物をし現在は希の家。 ご飯を三人で作り、その食事に顔を綻ばせ今はお風呂上がり。(ちなみに希と凛は三人で一緒にお風呂に入るつもりだったが全力で海未に拒否をされた。) ぐでーっとベッドに倒れ込む希と凛に、海未は「だらしないですよ」と叱咤しながら就寝するための身支度を整えている。 「全く…希は姉なのですからしっかりしてください」 「おや〜?海未ちゃん、最初はあれだけ恥ずかしがっていたのに今はノリノリやね〜?」 「の、希!からかわないでください!」 頬を赤らめながら怒りを露にしても効果はなく。にやにやと意地の悪い顔をする希に海未は思わず「もう…」と呟く。 凛は誰よりもはしゃいだためすでにうとうとしている。 「凛、髪がまだ少し濡れていますよ。しっかり乾かさないと風邪を引いてしまいます」 「でももう眠いよ海未お姉ちゃん…」 「凛ちゃん!寝たら駄目や!寝たら二度と目を覚まさんことになるで!」 「うっ…凛はもうだめだにゃ…希お姉ちゃん、あとはよろしく…」 「凛ちゃーーん!!」 「何をやっているのですか貴女達は」 がくりと頭を項垂れ目を閉じた凛に、大袈裟に叫ぶ希。突如始まったコントに海未はのることなく冷静につっこむ。 「海未お姉ちゃん、ノリが悪いよ」 「そうやそうや〜。アドリブでうまいことのってきてほしかったなー」 「すみません…精進致します…」 「「いやそんなに真面目に反省しなくても」」 「でも、今日は本当に楽しかったね。皆でラーメン食べて。すっごく美味しかったかなあ」 「スポーツもしたにゃ!海未お姉ちゃんは容赦なくてちょっと怖かったけど」 「それについては本当にすみません…。つい、熱が入りすぎて…そのあとは買い物をしましたね」 「お互いに似合う服を選んだりしたよね。凛ちゃんと海未ちゃんはなかなかスカートを履きたがらないから苦労したなあ」 一日を振り返ながら思い出を語る三人だったが、希の言葉に海未と凛はさっと視線をそらす。 羞恥心から試着でスカートを履くのを拒否したまではよかったが、希お馴染みのわしわしが待っていることをどうして忘れていたのか過去の自分にいってやりたい。無論、される前にスカートを履くことで事なきを得たが。 「凛ちゃんも海未ちゃんも可愛いからスカートはもちろんもっとおしゃれしてほしいな〜?」 「そうですね、凛は可愛いのですからもっとおしゃれしなければ勿体ないですよ」 「にゃーーっ!恥ずかしいから二人ともやめて!ていうか!海未お姉ちゃんこそ可愛いんだからもっとスカートとか履いたりおしゃれしてよ!」 「わ、私は可愛くなんてありません。凛のほうが女の子らしくて可愛いですよ」 「で、でも、凛なんてほら、髪が短くてがさつだし……」 眉を下げてもごもごと口ごもる凛に二人の姉、海未と希は優しく愛しい妹の名前を呼ぶ。 「そんなことは絶対にありません。凛はとても女の子らしくて可愛いですよ。それに、私達の大切な妹のことを自分自身でそんなふうにけなさないでください」 「そうや。凛ちゃん、凛ちゃんは誰よりも可愛い女の子や。もっと自分に自信を持って?うちらは…ううん、μ'sの皆はいつも元気いっぱいで妹みたいな可愛い可愛い凛ちゃんのことが大好きなんやから」 海未と希にぎゅっと抱きしめられ、温もりが伝わり凛は思わず瞳が潤んでしまう。羞恥心から二人の肩口に顔を埋めて隠していると、ゆっくりと頭を撫でられ心地好い感触に身を委ねていれば溢れ出る二人の姉への想い。 「海未お姉ちゃんは厳しいけど、それは凛たちのためを思ってやってくれてることだってちゃんとわかってるよ。優しくて頼りになる、けど時々天然な美人でかっこいいお姉ちゃん!」 「て、天然…?ふふ、ありがとうございます。凛」 「希お姉ちゃんは優しくてノリがいいから一緒にいてすごく楽しい!でも、わしわしだけは勘弁だにゃ。皆のことをよくみてるスピリチュアルで優しいお姉ちゃん!」 「凛ちゃん、おおきになあ」 自分たちを褒め称える凛の唐突な言葉に海未と希は目を丸くし、恥ずかしそうに微笑する。 「そして凛は、そんなお姉ちゃんたちがだーいすきにゃ!」 「わっ、り、凛ったら…!もう…。私も、凛と希のことが大好きですよ」 「ふふ、うちも二人のことがだーいすきや!」 凛が飛びつくように抱き付いたのを海未と希が強く受け止め、先ほどよりもぎゅっと抱きしめあう。 顔を見合わせ、笑って。 窓からのぞく月の淡い光が、三人の姉妹を微笑ましげに見つめるよう照らしていた。 titlle→曖昧ドロシー |