私は今でこそ立派なギャラドスに進化しておりますが、進化前は皆様ご存知の通りーーーええ、ポケモン史上最弱といわれるコイキングです。

コイキングは最弱の名に違わない通り能力も総じて低く、技もたいあたりとはねるしか覚えません。ええ、この二つだけです。

私は他のコイキングよりも鈍臭く劣っていました。そして気付いたらロケット団?というーーーああ、ご主人様が昔に身を置いていた組織です。まあ、その話は今はいいでしょう。

そのロケット団という組織の大きな水槽の中にいました。…今でも思い出します。あのーーーひどく薄暗い、寒さを感じる水槽。自分に向けられる無機質な多数の視線。

そこで何をされていたかというと、強制的にギャラドスに進化をさせる実験をさせられていました。

仲間のコイキングが次々にギャラドスに進化しているなか、私はいつまでたってもできませんでした。原因はわかりません。他のコイキングより劣っている私のことですから、仕方がないといえば仕方がないのでしょう。

毎日様々な薬を投与され、痛みだけが生きていることを実感する日々。

一向に進化の兆しをみせない私に痺れを切らしたのでしょう、水槽の外側から聞こえました。ーーーこいつは用済みだ、と。

用済み。その言葉に私はただ、やはり、としか思いませんでした。私を見に来る研究員の数が日に日に減っていき、実験対象として外れたこうなることは薄々感付いてはいましたから。

大きな水槽の中でたった一匹で静かにその時を待っていました。不思議と恐怖はありませんでした。きっと、苦痛だけの日々に解放されることに対しての喜びのほうが大きかったのでしょう。

コツコツと響く二人分の足音。ああ、とうとうこの時が来たのかと私は目線だけを足音がしたほうにやりました。


「…コイツか?」

「ええ、そうです。唯一進化ができなかった出来損ないですよ。翌日に処分します」


水槽の近くで足を止めた二人の男性。一人は冷たい男性。もう一人は、夜の闇のような髪色をした男性。ええ、私のご主人様です。


「ふうん?じゃあ、処分するんなら俺がもらってもいいよな?」

「ーーは?あなた、正気ですか?」


ええ、私もそう思います。と、緑色の髪の男性同意しました。まあ、同意したところで言葉は通じないのですが。

緑色の髪の男性の言葉にご主人様は意に介した様子はありませんでした。すっ、と切れ長のつり上がった眥が私を捉えます。その瞳に同情や哀れみといった感情はありませんでした。ただ、私を仲間として迎える


「別にコイツは進化自体できないってわけじゃねえんだろ?」

「まあ、そうですが…。コイキングですよ?ギャラドスに進化させるまでが骨が折れますし、

「育てりゃ立派な戦力になるだろ。とにかくコイツは俺がもらい受ける」


ご主人様の言葉と共にボールに吸い込まれていったそのときの私の顔は、元の間抜けな表情と相まってさぞ滑稽だったことでしょう。


「俺がお前を必ず進化させてやる。…今まであんな実験させて悪かったな」


実験対象として水槽よりも遥かに小さな水槽ですが、私はこちらのほうが居心地の良さを感じました。

ご主人様の手が私を優しく撫でたことに大層驚きました。私が一向に進化をしない苛立ちから手を上げられることは何度もありましたが、こんなにも温かく触れる手のひらは初めてでした。

ーーーだから思ったのです。私の命を救い、初めて温もりを与えてくれたご主人様のために必ず進化を遂げてみせようと。

私の気持ちが天に届いたのかーーーなどではなく。ポケモン史上最弱といわれる私を、ご主人様は見事に進化させたのです。やはり随分時間はかかりましたが、まず進化伺うにご主人様のトレーナーとしての能力がいかに高いかお分かりでしょう。

コイキングの頃はご主人様とブラッキーを見上げてましたが、ギャラドスに進化した今、ご主人様とブラッキーを見下ろすという


「……ギャラドス」


ご主人様は珍しく呆気にとられている、という表情をしていまして。側にいるブラッキーも同様でした。

ですがすぐにご主人様はふっと笑いーーー私をもらい受けると言ったときのような表情で。


「…おめでとう、ギャラドス」


進化した喜びを共有したく、肢体を屈ませご主人様の顔にそっと寄せればコイキングだったときと同様、温かい手のひらが私を撫でてくれました。その際にブラッキーが嫉妬をしていました



あれから何年が経ったでしょう。ご主人様とは長い付き合いになります。まあ、ブラッキー程ではありませんが。

仲間からよくお前はギャラドスらしくないと言われますが私もその通りだと思います。

一般的なギャラドスは凶暴で町を壊し尽くすまで暴れ狂うことをやめないとありますが私はそんなことありません。町を壊し尽くすより他のポケモンたちと遊んでいたいですね。…やはりギャラドスという種族故に他のポケモンには怖がられますが。まあ、仲間であるブラッキーは私の身体によくのりあげ遊んでいますけれど。

そうそう、ここだけの話、私はブラッキーに少しだけ嫉妬しているんです。

ボールから飛び出し、ブラッキーがご主人様の側を歩いていたり膝の上にのっているところを見ると羨ましさを覚えます。私の大きな体躯ではそんなことできませんからね。

ああ、でも。


「ギャラドス」


低い声に名前を呼ばれ、振り返ればご主人様が立っています。湖の近寄り、顔をすり寄せれば、


「なんだ?お前が甘えてくるなんて珍しいな」


そう言いながらも私の頭を撫でるご主人様は出会ったときから変わらない手です。…残念ながら左腕は、仲間であるプテラに噛まれて以来動かし辛くなってしまいましたが。

ブラッキーが見ていますが、貴方はいつもご主人様の側にいるのですから

私の大きな体躯ではご主人様の側を歩くことも、ましてや膝にのることなんて絶対にできません。

ですが、この大きな体躯でご主人様の盾になることはできます。コイキングだった頃とは違い、比べものにならないほどの力がついた今、ご主人様に仇なす敵はこの

ギャラドスらしくないといわれていますが、ご主人様に身の危険が迫れば

それが私の命を救ってくれた、ご主人様に対する恩返しですから。



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