「ねえ、ミカゲ様いた?」
「どこにもいないみたいだね…。どうする?」
「うーん…せっかくだからもう少し探してみようよ」

二人の女性が可愛らしくラッピングされたチョコを手に持ちながら忙しくなくアジト内を歩く。

2月14日。想いを寄せる人に気持ちを伝える日は、裏社会の組織の人間といえど例外ではない。女性団員達は各々チョコを用意し、浮き足立っている雰囲気だ。

きょろきょろと辺りを見回していた女性団員の一人があっ、と小さく声をあげる。

白衣に身を包んだ長身の一人の男性。夜の闇を映したような黒い髪に、切れ長の桔梗色の目。

正しくつい先ほど話していた目的の人物。興奮のままに二人の女性団員は勢いよく駆け寄る。

「ミカゲ様!」
「あっ、あの!」

ずいっと迫る二人の女性に彼、ミカゲはただ一言「何だ」と返すだけでお世辞にも愛想がいいとはいえない。その無愛想な物言いでさえ女性団員にカッコいいと言わしめるのだからまさに恋は盲目だ。

「今日、バレンタインなので、あの、チョコを…!」
「甘いものがお好きではないと訊いたのでビターにしました!」

押し付けるように渡されては受け取るしかない。女性団員は意中の相手にチョコを渡せてご満悦なようだ。きゃあきゃあと黄色い声をあげながら去っていく。

「ああ、ミカゲも貰いましたか」
「ランス」

拒否をする暇もなく渡されたチョコを見ていると、後ろから掛けられた声に振り向けば整った顔立ちに辟易したような表情を浮かべている。

「何がバレンタインですか、馬鹿馬鹿しい。そんな下らないイベントに精を出す暇があるならその分仕事に割り当ててほしいものです」
「言いながらその手に抱えてるチョコは何だよ」
「これは私が拒否をする暇なく渡されたのですよ。大方貴方もでしょう?」
「まあな」

眉目秀麗。そんな言葉が似合う二人を放っておくはずなく、バレンタインという行事に託つけてチョコを渡す女性団員達は後をたたない。

「さて、どうしましょうか…。ああ、そこの貴方。少々こちらに来ていただけませんか」
「はっ、はい!ランス様!」

偶々通り過ぎようとした下っ端の団員をランスは呼び止める。次期幹部候補といわれる男と現幹部の男。そんな二人が目の前にいて緊張しないわけがなく、更にいえば自分を呼び止めたのは組織一冷酷といわれる男なのだ。何かミスをしてしまいこれから叱責を受けるのだろうかと思わず身を固くする───が。

「貴方に差し上げます。どうせチョコなんて誰にも貰っていないのでしょう?」
「俺のもやる」
「え?え?」

上司から次々と渡されたのは甘い匂いを漂わせるチョコレート。

え?なんでチョコ?ていうか突然何なんだろう?

頭の中は疑問だらけの下っ端団員をよそに二人はすっきりしたような表情を浮かべている。

「あ、あのお二方…これは一体…?」
「さっき貰ったんだがどうせ食わねえし。お前にやるよ」
「これでやっと煩わしさから解放されます」
「は、はあ……」

一目で本命だと分かるチョコがどういうわけか下っ端の自分の手に渡った現実が知られれば容赦なく平手打ち(いやもしかしたらグーかもしれない)を食らいそうな勢いだ。

ありえそう、と内心身震いしながらモテる男とモテない男の差をまざまざと見せ付けられ、虚しさにそっとため息をつきながら自室へとすごすご帰っていく。

「お前ら酷いことするなあ。そんなんじゃ後ろから刺されても文句は言えねえぜ?」

軽薄な声色と言葉に飄々とした猫背の風貌の男、ラムダが二人の少年に声をかける。片手には紙袋を下げており、中は可愛らしくラッピングされたチョコが大量に入っている。

「ラムダの言う通りよ。私から女の子達に告げ口してしまおうかしら」

艶やかに引かれた真っ赤なルージュと同色の瞳を細め、クスクスと微笑するのはアテナだ。







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