響く轟音。最終決戦は苛烈さを増しているようだ。だが、建物自体それほど被害がないのはさすがはカントーきっての大企業といったところか。 「ミカゲ!」 「、ランス」 自分を呼ぶ方向に顔を向ければ遠目からでも目立つ鮮やかなエメラルドグリーン。彼にしては珍しく焦燥を顔に浮かべている。 「まさか貴方までも負けたのですか?あの子供に…」 「あのガキが今サカキ様と戦ってる時点で察しがつくだろ」 「…貴方ほどの実力者でも、勝てなかったのですか」 「ああ。俺の負けだ」 淡々と事実だけを述べたミカゲに対し、ランスは「…そうですか」と帽子の鍔を下げる。 が、それも束の間。再び帽子の鍔の下から現したエメラルドグリーンの瞳は、鋭さは消えていない。誰一人としてあの子供に敵わず、ついには組織の首領に辿り着いてしまっていても───…例え、いつかそう遠くない未来に待ち受ける最悪の結末が垣間見えようとも。 「…とにかく私は、部下達に連絡し落ち着かせます。少なからず団員達に動揺が走っている。その隙を警察につかれては困りますからね」 「頼んだ」 「ミカゲ、貴方はどうするのですか?」 「俺は…もう少しここにいる」 ミカゲは切れ長の桔梗色の瞳をランスからゆっくり上階へと向ける。仮にも幹部なのだから団員をまとめなかればいけない立場なのだが、もう少しここにいるという言葉通り彼は行動を起こす気はないようだ。小言の一つや二つ、いや五つ以上言いたいところだが正直今ここで話している時間も惜しい。ぐっと言葉を飲み込みランスは「わかりました」と去っていく。 視線は相変わらず上階へと向けられている。 震動が伝わる。パリンと、物が落ち割れる。それでも、少年の鮮やかな桔梗色は戦況の見えない最終決戦を見届けようと揺らがない。 どれくらいそうしていたかは分からない。時間の感覚がないほどにただ上階へと見上げていた桔梗色の目をミカゲはゆっくりと伏せる。 (…終わった) 勝敗はどちらに傾いたかは不思議なことに彼には何となくわかっていた。 あの赤い瞳と初めて対峙したときから、この組織はあの少年によって終焉と導かれるのではないかと理屈ではない何か確信めいたものが心の内に浮かんだのを鮮明に思い出す。 そしてそれは、確かに現実となりつつある。 再び開かれた桔梗色の双貌は、一言では言い表せないほどに様々な感情を宿していた。 良い思い出など無に等しい陰鬱な日々を過ごした場所であったが、少年にとって生まれてから18年もの年月を過ごしてきた唯一の居場所なのだ。それが、失われるかもしれない。 だが、少年はどこか晴れ晴れとした表情を浮かべている。 自身の手持ち達と他の命を秤にかけた結果、実験のためと称し悔恨に苛まれながら小さな命を奪うことも、実の父親に暴力を奮われることも。 もう、終わるのだろうか。 足音が聞こえそちらにほうに目を向ければ、組織の首領を敗北させた少年が映る。ピカチュウも、少年自身も戦塵にまみれ先のバトルの熾烈さを物語っている。 「ボスが負けたっていうのに、悔しそうな顔してないね」 「そんなことねえよ」 「ううん、そうだよ。あんたやっぱり変わってる」 レッドはそれ以上追求しないようだ。帽子の汚れを手でぱんぱんと払い被り直す。赤い瞳はもう次の目標を見定めている。 「行こうか、ピカチュウ」 前を見据える瞳は、ただ愚直なほど真っ直ぐに。 またどこかで会えたら、もう一度バトルしよう。 すれ違い様に言われた言葉にミカゲは楽しげに口角をあげる。 トレーナーとして好敵手だと認めたからこその言葉。 帽子の鍔を直しレッドが歩き出そうとした───その時。 「 “サイカッター” 」 酷く無機質な───そして、底冷えのする低い声が響く。 「レッド!!」 焦燥の声色と表情。乱暴に、だが力強く腕を力強く掴まれ引き倒される。彼の表情と行動に疑問が浮かぶが、その解はすぐにわかった。 ぱさりと、切り裂かれた赤い帽子が落ちる。それは他でもない、今しがた男が指示を出したポケモンによって、だ。 「………っ、…」 ぽたり。彼が、ミカゲが着ている白衣に目の覚めるような赤が肩の部分にじわじわと染みを作っている。頬にも斜め横に切り傷が走りそこからも、赤。 彼が庇ってくれなければ、自分が彼のような、いや、それ以上の怪我を負っていたかもしれない事実に少年は戦慄する。そして、先ほどのポケモンの技は明らかに自分を狙ったことにも。 コツリ。二人の少年の前に白衣を着た男がゆっくりと靴音を響かせながら姿を現す。 夜の闇を映したような髪。切れ長の昏い、紫紺色の目。 彼と目の前の男が、他人でないことなど一目で分かるほどの酷似した容姿。 「───残念。そこで呆けている子供を狙ったんだが…何故邪魔をした?ミカゲ」 「…さあな。お前に答える義理なんてねえよ」 親と子。血の繋がった二人が、対峙するように向き合う。 |