「右に回り込め!“アイアンテール”!」 「“みきり” それから“シザークロス“」 「避けろ!距離を取って“バークアウト”!」 「“いわなだれ”」 ブラッキーがバークアウトを撃とうとした瞬間、上から無数の岩がブラッキーを襲いう。更には怯んでしまったのが技が出せず、その隙に弱点である虫タイプのシザークロスを食らってしまう。 「いけるか?ブラッキー」 「ブラッ!」 大丈夫というようにブラッキーは力強く鳴く。───だが、戦況は芳しくない。弱点をつかれブラッキーには疲弊の色が滲んでいる。それでも、闘志は失われていない。紅い瞳は主人に仇なす敵を射ぬくように捉える。ブラッキーにかげぶんしんと命じ、アブソルを取り囲む。 「鬱陶しい。時間稼ぎのつもりか?“いわなだれ”で全て消せ」 「“でんこうせっか”、それから左斜めに“アイアンテール”!」 素早い動きのまま硬化した尻尾をアブソルに叩き込む。だが、接近したのをチャンスとばかりにもう一度シザークロスとアブソルに命じる。主人の指示通りに鋭い爪で襲いかかるも、避けるタイミングを計ったでんこうせっかで避けられる。 先ほど弱点を突かれ体力が減っているはずのブラッキーは回復している。 恐らく、いや、十中八九“かげぶんしん”を命じたときに分身が消されるまでの僅かな時間を利用し回復手段であるつきのひかりをしたのだろう。 つきのひかりをブラッキーに指示した様子はみられなかったが、以心伝心とでもいうのだろうか。トレーナーとポケモン同士の確かな絆があるからこそ成せる技。 ───付け入る隙は、そこにある。 「ソイツはお前によく懐いているな。まあ、実験で失敗作になり処分しようとしているところをお前が引き取り永らえさせたのだから当然といえば当然か」 「…何が言いてえんだよ」 「その下らない絆や信頼関係とやらが引き起こす結果を確とみるんだな。────“かまいたち”」 空気の刃はブラッキーではなくトレーナーである少年に、息子に向かっていく。 それと同時、主人を守ろうと黒い肢体が前に飛び出す。 「!、ブラッキー!!」 自分を庇った黒い肢体は空気の刃に切り裂かれる。急いで指示を出すも完全にあちらのペースになり、戦況は一気に不利になりつつある。 「トレーナーを狙えばそちらに気を取られ、指示を出すタイムラグが発生する。それに、ポケモンがトレーナーに懐いていれば主人を守ろうとするだろう?そこに出来た隙をつけばいい。───今のお前のようにな」 「い"っ、…!」 鳩尾を蹴られ仰向けに倒れたミカゲを、男は口元に弧を描きながら容赦なく足で踏みつける。───それも、肩に怪我を負っているところを。 痛い、なんてものではない。それでもミカゲは歯を食い縛り実の父親を睨む。 「はっ、そうでもしなきゃ、勝てねえのかよっ…!」 「裏社会の人間らしいやり方だろう?」 「嗜虐趣味の、クソ野郎がっ…!」 苦痛に呻くブラッキーの鳴き声が聞こえ、悔しそうに眉を寄せる。指示を出したくとも戦況がよく見えず、怪我のせいで上手く声が出せない。 ならば、今の状況を打破するために次のポケモンを。痛みで動かしづらい手をボールの開閉スイッチを押そうと必死に動かそうとするが。 「おっと、次を出されては困る」 肩の怪我を踏みつけられている足に更に力を加えられる。 折られたくなかったら大人しくしていろ。 自分がボールの開閉スイッチを押そうとすれば脅しではなくその言葉通り実行するだろうことはよくわかっている。 自分の思い通りに事を運ばせるために平気で暴力を奮う。 そういう男なのだ、父親は。 「…さて。そろそろ片がつきそうだな」 トレーナーのポケモンはいかに鍛えられていれど、指示があってからこそ真価を発揮する。 ミカゲが指示が出せない今、勝敗はどちらかなんて明白だ。 ぎり、と唇を噛み締める。最早ブラッキーに体力は残されていない。気力を振り絞って立っているだけだ。 「お前の望みがどれだけ脆いものか分かっただろう?言った筈だ、砂上の楼閣だと」 切れ長の桔梗色の目に未だ諦めの色はないが、何か打開策があるとは到底思えない。 ただの強がりだろう。そう自己完結し、アブソルを呼び戻そうと一瞬でも視線と気をそちらに向けたのがいけなかった。 「ぐっ…!?」 ミカゲは身体を僅かに横に捻り脇腹辺りに蹴りを入れ、よろめいた隙に自分を足で押さえつけていた父親から逃れると同時にブラッキーをボールに戻す。 「“つじきり”!」 「グラエナ!“かみくだく”!」 続いて瞬時にボールから展開したのは艶やかな漆黒の毛並みを持つグラエナ。アブソルの攻撃を軽やかに跳んで避け、グラエナは鋭い牙を剥き出しにし向かっていく。 ミカゲは先のレッドとの一戦の影響で割れた窓まで走り、アブソルと交戦中のグラエナを呼び戻す。 カントー地方随一の高層建物、シルフカンパニー。窓枠に足を掛け視線を落とせば、恐怖を煽るように風がミカゲの闇色の髪を揺らす。だが、覗く鮮やかな桔梗色の瞳は身震いするほどの高さにも臆してはいない。 (空に逃げてしまえば……!) グラエナを戻し、ミカゲはプテラの入ったボールの開閉スイッチに指先を届かせようとする。 只一つの、幼い頃から渇望した自由を求めて。 |