カントー地方ヤマブキシティ。その大都会のあるシルフカンパニー、最上階の一つ下の階。

対峙している二人の少年の戦局は今まさに終盤へと向かっている。一人は、赤い瞳が印象的な少年。もう一人は、白衣を身に纏いこの大企業を乗っ取らんとしている組織の幹部の少年。

赤い瞳の少年のポケモン、ピカチュウがバチリと電撃を放ったと同時、黒い肢体に黄色い輪の紋様を持つポケモン───ブラッキーはふらつく。が、まだやれるというように、主人を守るように。果敢にも立ち上がろうしている。

「…もういい。よくやってくれた、ブラッキー」

闇色の髪の隙間から覗く切れ長の桔梗色の瞳を柔らかく緩めさせ、静かに相棒へと声を掛ける。主人の言葉にブラッキーは力なくぱたりと倒れ、少年はその肢体を労るようにそっと撫でる。

ピカチュウのトレーナーである少年も、先ほどのバトルで満身創痍のピカチュウを撫でれば主人の温もりに安心したように目を細める。そして相棒から反対側にいる人物に少年は視線を向け、観察するようにじっと見つめる。

旅の先々でロケット団という裏社会の組織の団員達に難癖をつけられてはバトルを仕掛けられ、いつしかそれが因縁めいた関係になり、ついにはこうして組織全体と雌雄を決するまでになっている。

道を踏み外した裏社会の組織の人間達は、自身のポケモンに対し粗雑な扱いをしていた。金儲けのためなら何でもするという連中なのだから、ポケモンはそのための道具といったところか。対峙した団員達の大半はそういった言葉を吐き捨てていたのだから、事実なのだろう。

少年に負ければ、団員はポケモンに対し酷い罵声───…更には、暴行を加えようとしていた者さえもいた。

だが、この男はどうだ。罵声や暴行どころか労りの言葉をかけてやり、優しく撫でている。

「…あんた、やっぱりロケット団らしくないね」
「あ?」

そもそも、ポケモンがトレーナーになついてることを前提にした進化条件のポケモンを連れているのがロケット団という組織の中で異色なのだ。少年をその赤い瞳に写せば、眉を寄せ訝しげに切れ長の桔梗色の目を向けられる。

何が言いたい、言葉には出さないが彼の表情はそう語っている。

「他の人とは違うからそう思っただけ。そんなにポケモンを大事にして、しかもなつかれてるのにどうしてこんなところにいるのか不思議だなって」
「……………」

少年は閉口したままだ。ただ、その整った顔立ちに複雑な色を宿している。

純粋な疑問故の問い掛け。だが、その答えはもらえそうにない。切れ長の桔梗色の瞳の少年は「それより、」と口を開く。

「こんなところで俺と話してる時間なんかないと思うぜ?きっとここの社長とボスが大切な話を始めてる頃だからな」
「大切な話…?」
「自分で行って確かめてみろ」

確かにこの少年の言う通りだ。ここで立ち止まっている暇はない。行かなければ。ピカチュウ、と呼べば元気になった相棒はぴょんと自分の肩に乗る。小さな頭を撫でればこれからの最終決戦に気合いを入れるように一声鳴く。

「お前が負けてこの組織がヤマブキのみならずカントーを制圧するか、お前が勝ってこの組織に暗影が差されることになるか。全ての命運はお前にかかってる」

後ろから聞こえた声に少年は少しだけ振り向く。敵側であるはずの彼の言葉に背を押された気になるのは何故だろうか。

鮮やかな桔梗色と、燃えるような、赤。一瞬。互いの視線が交錯する。

赤い瞳の少年が帽子の鍔を上げる。そして、年相応の無邪気な表情。

「あんたとのバトル、楽しかったよ」

少年の切れ長の桔梗色の目が不意を突かれたように珍しく目を丸くする。が、それも見間違えかと思うほどの一瞬。少年は早く行け、と促す。

あと、名前。お前じゃなくてレッドなんだけど。

レッドがそう言い残して階段を駆け足で上っていくのを視界の端に映しながら闇色の髪の少年、ミカゲは僅かに口角をあげる。

勝敗はどちらに傾くか分からない。あの少年が挑むのはカントー地方で最大勢力を誇る裏社会の組織を束ねる首領なのだ。表の世界の実力者にも引けをとらない。だが、あの少年ならば。

「…やるかもしれないな」

主人の呟いた言葉に相棒であるブラッキーは首を傾げ、柔らかく微笑し頭を撫でる。

少年の両親と呼べる存在がこの組織の一員だっために、少年もこの組織に一員とならざるを得なかった。故に、今まで光の差さない“こちら側”の世界で生きてきた。

それをあの少年は首領を、組織を打ち破ることで終わらせてくれるだろうかという一縷の望みが彼の中にある。

一人壁にもたれ掛かり、最終決戦がはじまろうとしているであろう上階へと視線を向けた。





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