ハチクさん、と声を掛けられ振り向けば、自分の出演した映画を見たことが私と同じ道を歩むきっかけだったと語ってくれた青年の姿。初めて会ったときは子供のように瞳を輝かせ、興奮気味に話をしてくれたことはまるで昨日のことのように鮮明に覚えている。

「…ハチクさん、あの……」

端正な顔を泣き出しそうに歪ませ、それでも私を真っ直ぐに見据えながら静かに、けれどはっきりと言葉を紡いでいく。

「俺、ハチクさんとお会いできて共演させていただいことは一生忘れませんし、全部大事な想い出です。今も昔も、変わらずハチクさんの大ファンです」

(…ああ、)

引退を決めても尚、こうして自分に憧れを抱き続けてくれる。俳優業を引退せざるをえない怪我をしたとき、自暴自棄に陥った。けれど、悲観する必要はなかったのだ。俳優であった自分を覚えていてくれ、変わらずファンでいてくれる。それがどれだけ幸福で前を向いていけるか、目の前にいる青年によって知ったのだから。

「スイ」

俳優としての私は終わるが、新しい道が、希望に満ち溢れている青年が繋ぐ未来が待っている。

「…これからも、君の活躍を楽しみにしている」

「っ、ありがとう、ございます…!」

後ろは振り向かずに歩き出す。律儀な彼のことだ、きっと私が見えなくなるまでお辞儀をしているのだろう。私に前を向かせてくれた優しい青年の歩む道が、沢山の人に囲まれ幸せでありますようにと、そっと目を閉じた。


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