『絶対安静ですよ』

そう強く念を押してあの子の部屋から出たはいいが、どうにも気になってしまうのは医者の性分だ。おかげでカルテへの書き込みがあまり進まない。

あの子の怪我は、どうみても人為的によるものだ。あんな酷い怪我を負わされて気にならないわけではないが、誓約を交わした以上詮索することは許されない。あの子の専属医師とはいえ、所詮俺は部外者なのだ。

(…専属医、ね)

俺が専属医だと名乗ったとき、彼女の瞳が揺らいだことを思い出す。先ほどの彼女の態度からも、あまり良い感情は抱かれていないだろう。

いや、俺個人というより、“医師”という存在のほうが正しい気がする。あくまで推測だから真相はわからないけど。

(…それに、目覚めたくなかった、なんて)

俺は他にどんな言葉をかけられただろうか。彼女が抱えている“何か”を推し測ることはできないが、彼女の口からもうあんな悲しいことを聞きたくはない。

『ツバキ。医者は患者の病や怪我を治すだけの存在ではないと私は思っている。患者一人一人に向き合い、寄り添うのも大切だ。それが患者にとって救いに繋がることもある。私がしているのはただの自己満足かもしれないが、私はそういう医者で在りたいのだよ』

かつて実の親に捨てられ死を待つだけの俺を拾い息子として育ててくれ、そして医術を教わった尊敬する医師の色褪せない言葉はそのまま俺の医師としての信条になっている。

俺が診ている時だけでも、心穏やかに落ち着ける時間になればと思っている。そう彼女に言った通り、嘘偽りのない俺の本心だ。

一年という長いようで短い期間があるためどこまであの子の心を解きほぐすことができるか分からないが、暖かな淡い陽光が雪を溶かすようにゆっくりでいい。あの子の専属医として出来る事をやるだけだと、俺とは違う目映い白さを持つ少女を思い浮かべた。



ALICE+