「つ、疲れた…」 イッシュから飛行機に乗り半日以上かけここジョウトの地に着き、それからエンジュシティに到着した途端無意識に疲労の言葉と共に息をつく。 旅行は好きだがやっぱり長時間の移動はキツいなあと、固まった身体をほぐすため伸びをする。 ボールから勝手に出たエルフーンを抱き上げれば肩に移動し、見慣れない土地をつぶらな瞳をきらきら輝かせながら見つめている。 壁にもたれ掛かり腕時計に視線を落とせば待ち合わせの時間には早く着きすぎたようだ。 紅葉の季節に彩られたエンジュの街並みは色鮮やかに染まって美しく、見ているだけで退屈しない。 この光景を思い出に残そうとカメラを撮り出し電源を入れ準備をしていると、なびく長い黒髪に赤いリボン、袴姿の女の子が目に入る。 「ユリちゃん、久しぶり」 「スイさん!お久しぶりですわ!せっかく来ていただいたのに時間に遅れるなんて…、本当に申し訳ありませんわ」 「いや、俺が早く着きすぎただけだから気にしないでいいよ」 「まあ、そうでしたの。良かったですわ、遅れていなくて。エルフーンもお久しぶりですわ!」 「エルッ」 俺の肩にのったまま小さな短い手をあげ、エルフーンは元気よく返事をする。 ユリちゃんの隣で浮遊しているムウマージにも挨拶をするエルフーンを見ながら、最初はあんなに怖がっていたのになあと過去を思い返し微笑ましさについ顔が緩む。 三年前、旅行でジョウトに来た俺はユリちゃんをはじめここエンジュシティのジムリーダーであるマツバさん、スイクンという伝説のポケモンを追っているミナキさん、それぞれ和菓子屋、呉服屋を営むカグヤさん、シラヌイさんと知り合った。 ユリちゃんとはイッシュに旅に来ていた頃にも会っていたが、数ヶ月前に旅を終えた彼女は故郷であるジョウトに帰っていった。 ようやく連休がとれ、今の季節が特に見頃だというエンジュに久しぶりの再会も兼ねて旅行に来ている。 「それにしても、町並みが色鮮やかでとても綺麗だね。イッシュも秋になると色付くけど、エンジュほどじゃないなあ」 「ふふ、四季折々が感じられる素敵な町なのですわ。そしてそんな町のジムリーダーをしているのが、ゴーストタイプの扱いに長けこの町一番の実力者であるマツバお兄様なのですわ!」 「ああ、うん、そうだね」 マツバさんのこととなるとテンションが上がるのは変わらないらしい。頬を赤く染めながら「先日も挑戦者とジム戦を…」と興奮した様子で話しはじめる。 こうなると延々と話が続くのを身をもって知っているため、ユリちゃんには少し悪いけれど話を遮る。 「それで、マツバさんは今日もジム戦なんだ?」 「そうなのですわ。マツバお兄様もスイさんと会えるのを楽しみにしていたのですけれど…」 「やっぱりどこの地方もジムリーダーは忙しいね。マツバさんによろしく伝えてもらってもいいかな?」 「はい!もちろんですわ!」 俺の頼みにユリちゃん元気よく肯定してから、でも、と淡黄色の瞳に道行く人々を映す。 「イッシュにいたときは女性の方々に黄色い悲鳴あがっていたのに、ジョウトではそれがなくてなんだか不思議ですわ」 「はは、他の地方ではそんなに名前は知られてないからね。ま、そのおかげでこうやってゆっくり観光できるからむしろありがたいよ」 名が売れれば多くの映画監督から声がかかり、今以上に映画の出演も多くなるだろう。 でも俺は有名になりたいわけじゃない。確かに世界に名を轟かせる監督の作品に出演させてもらえるなら、役者としてこれ以上ない幸せなことだろう。 下積み時代は大女優の息子としか俺をみていなかった周囲が、今は俺自身をみてくれている。他でもない俺自身を認めてくれている。 それで充分すぎるほどだ。これ以上高望みするのは、もっと演技力を磨いてからだ。 それに、実力がつけば自ずと名は売れる。この地方で俺の名が知れ渡っていないということはそういうことなんだろう。 「ふふ、エンジュは見所がたくさんありますから時間があっても足りないぐらいですもの。…はっ!こうしちゃいられませんわ!スイさんにエンジュを見ていただくために早く案内しないと!」 「ユリちゃん、ちょっと待って」 言うが早いが走りだそうとする彼女に制止の声をかける。(なんとなく転びそうだなと思ったのは内緒だ) 「もし今日でまわりきれなくてもまた休みをとって次の機会に来るからさ。せっかく紅葉が綺麗だし、ゆっくり話しながらこの町の魅力を教えてほしいな」 「うう…申し訳ありません。つい先走ってしまいましたわ…。ふふ、では僭越ながら私がエンジュの魅力をお教えしますわ!」 「はは、よろしくね。ああ、そうだ、ユリちゃん」 電源を入れて放置していたデジカメを取り出す。一緒に写真を撮ろうかと誘えば、淡黄色の瞳を輝かせて頷く。 写真を確認すれば背景には鮮やかな朱色の紅葉、そして俺とユリちゃん、それにエルフーンとムウマージが写っている。 「お、いい感じに撮れてる」 「ふふ、本当ですわ!さあ、スイさん!行きましょう!」 目を奪われるほど色鮮やかで美しいこの風景をいつか誰よりも大切な幼馴染み達に見せてあげたいと思いながら、元気よく歩を進めるユリちゃんにやっぱり転びそうだなあと少しはらはらしながら俺も歩き出した。 |